『人が人を愛することのどうしようもなさ』

2007年 日本 監督・脚本:石井隆 出演:喜多嶋舞、津田寛治、永島敏行、竹中直人
公式サイト→http://hito-hito.jp/

 前に「石井隆の映画はかなり好き」というようなことを書きましたが、実はここ10年ほど、石井監督の新作をちゃんと観ていませんでした。何というか、企画の方向性に変化が生じているような気がしたのです。彼のように確固とした自分の世界を構築している監督の場合、本人がゼロから考えた企画の方が合っていると思うのですが、どうもそうではない方向に行っているようで、今ひとつ観る意欲が湧かなかったのです。
 しかし今回は設定やキャスティングが「石井隆の匂い」を放っていたので、久しぶりに観たくなりました。結果的に、観て大正解。私のように昔の石井映画が好きな方には、強くお薦めします。

 アイドル歌手としてデビューし、人気女優にまで登りつめた土屋名美。しかし彼女は私生活で問題を抱えていました。同じく俳優である夫・洋介との関係が冷え切っていたのです。彼はすさんだ生活を送り、愛人である若手女優との情事に耽っていました。
 そんな折、雑誌編集者の葛城が名美にロング・インタビューを試みます。現在撮影中の新作映画『レフトアローン』について語る名美。この映画は、名美と洋介が夫婦役で共演、しかも洋介の愛人まで出演というスキャンダラスな配役がマスコミの注目を集め、名美のマネージャー・岡野はその対策に奔走していました。
 名美はさらに、映画の内容について詳しい解説を始めます。まずヒロインの鏡子は女優で、『ブラック・バード』『愛の行方』という2本の映画に主演するということ。つまり、映画の中の映画。さらに鏡子は私生活で、俳優である夫の不倫や言葉の暴力によって傷つき、自ら娼婦となって客相手に激しい性行為を繰り広げる、ということ。名美は葛城に向かって、なおも熱心に映画の解説を続けます。ところが‥‥。

 何だか、ややこしいストーリーですよね。私も観ている間そう思っていました、途中までは。それに石井映画ならではの緊張感がやや足りないような気がしていました、途中までは。そうです。後半、だんだん作品の構造が明らかになってくると、登場人物の心理や運命が鮮やかに迫ってくるのです。
 もちろんこの「迫ってくる感じ」は、ストーリー展開だけによるものではありません。それを具現化する演技・演出・スタッフワークあってのものです。

 まず、主演の喜多嶋舞。名美というのは石井隆が描き続けている伝説的なヒロインで、今までいろいろな女優が演じているのですが、今回彼女も堂々とその仲間入りを果たしました。特にハードなシーンを演じる時、「頑張って挑戦している」ではなく、「ここでこうするのは当然」という感じで演じているのが良かったです。その方が観客は映画の世界に入っていきやすいのです。
 
 さらに、津田寛治。彼は名美のマネージャー・岡野を演じています。この役、前半は出番が少なく、しかもストーリー上あまり重要でないように見えるのですが、しかし後半、この役が、そして津田寛治がとてつもなく重要な存在だったことが分かります。津田氏はなかなか整った顔立ちで中肉中背、しかも今回途中までは控えめな演技をしているので印象が薄いのですが、終盤では一転してググッと迫力のある演技を見せ、映画を飛躍させています。
 ちなみに岡野の年齢は40歳という設定で、津田氏の実年齢もそれくらいなのですが、彼は基本的に顔が若いためメイクや演技によっては20代に見えるので、今回その特徴を生かし、回想シーンで「25歳の岡野」を違和感なく演じています。

 次に書いておきたいのは、音楽のこと。鏡子も名美と同じアイドル歌手出身という設定で、「鏡子がアイドル時代の曲を歌う」というシーンがあるのですが、この曲のメロディーがいかにも昔のアイドル・ポップスという感じで、しかも哀愁が漂っていて、妙にイイのです。映画の最後にインストゥルメンタルとして流れるので、よけいにそう感じたのかもしれません。
 実はこの映画を観てからというもの、私の頭の中で、時々このメロディーが勝手に流れます。誰が作曲したのかハッキリとは分からないのですが、たぶん映画自体の音楽(劇伴)を担当した安川午朗氏だと思います。

 そして映像。今回はビデオ撮りだそうですが、色も質感もフィルム撮りのように深いです。夜間やセット内での撮影が殆ど、つまり自然光(陽光)が当たるシーンが殆ど無く、光のコントロールがしやすかったそうですが、それにしてもこの繊細な映像は素晴らしいです。色や質感だけでなく、例えば画面の隅の方に波が揺らめいているような照明が当たっているシーンがあって、それがヒロインの心理描写になっていたりとか。
 こういう発想は、やはりもともと劇画家である石井監督のセンスだと思うのですが、それを画面上に実現するスタッフの方たちの技術と熱意に敬服します(撮影は佐々木原保志氏と寺田緑郎氏、照明は牛場賢二氏)。
 ただ残念なことに、私が観た映画館はスクリーンが小さかったので、充分に映像を堪能することができませんでした。今後スクリーンが大きめの映画館で上映される場合は、ぜひまた観に行こうと思います。

 何だかこの映画を延々と褒めてきましたが、ひとつだけ文句をつけておきます。ちょっと長すぎます。先ほど書いたように、作品の構造が見えてくるまではやや緊張感に欠けるので、その部分をもう少し編集で短くして、タイトな展開にした方がいいと思います。

 最後に。石井隆の作品では、常に女性の弱さも強さも大袈裟に描かれています(この映画の名美の行動もかなり極端ですし)。実は私、本来その種の作品は苦手なのです。しかし何故か、石井氏の映画には昔から惹かれるのです。
 理由は多分、彼に自覚があるからだと思います。つまり、「これは現実の女性とは少し違う、自分の中にある女性像なのだ」ということを分かった上で創作活動をしているのではないかと。だからこそ自分が創り上げたヒロインに、必ずと言っていいほど「名美」という決まった名前を付けているのではないでしょうか。つまり彼のヒロインたちは一般に言うところの「女性」ではなく、「名美」という種類の生き物なのだと、私は勝手に解釈しています。

『追悼のざわめき』(デジタルリマスター版)

1988年(オリジナル版)・2007年(デジタルリマスター版) 日本 監督・脚本:松井良彦 出演:佐野和宏、仲井まみ子、隈井士門、村田友紀子、大須賀勇、日野利彦、白藤茜、皆渡静男
公式サイト→http://www.tsuitounozawameki.net/

 長い間、タイミングが合わず見逃していた『追悼のざわめき』。先日やっと観ることができました。しかも今回の上映はデジタルリマスター版。
 オリジナル版は資金的な事情などで微細な音の表現が出来ず、それを悔いていたスタッフの方たちが、現代のデジタル技術で音響をリマスターしたそうです。映像も、ニュープリントをハイビジョンでリマスターしたもの。
 
 さて、初公開時から賛否両論を巻き起こし、さまざまな伝説を持つこの映画。熱狂的な支持者がいる一方、あからさまに拒否反応を示す人もいる‥‥という話は、昔から読んだり聞いたりしています。実際に今回の上映中にも、途中で席を立って出て行った人がいました。

 大阪市南部。廃墟ビルの屋上で暮らす孤独な青年・誠は、「菜穂子」と名付けたマネキンを愛し、殺した女性たちから奪った生殖器を菜穂子に埋め込んでいました。街では、傷痍軍人や浮浪者が彷徨っています。
 やがて菜穂子に不思議な生命が宿り始め、誠は、小人症の兄妹が経営する下水道清掃会社で働き始めます。そして菜穂子のいる廃墟ビルには、浮浪者や、2人だけの世界で生きている幼い兄妹が訪れるようになるのですが‥‥。
 
 この映画を紹介するために、こうしてあらすじを文章で書き連ねても、あまり意味はありません。ストーリーが論理的ではないというか、理屈だけで考えると「?」となる部分が多いからです。
 とにかく差別された人や社会から孤立した人たちが登場し、破滅へと向かう。その様子が、グロテスクな描写を含みながらも、詩的かつ幻想的に表現されている。そんな映画です。
 
 現実的な暗い題材をグロテスクに描いているにもかかわらず、詩的かつ幻想的な印象を受けるのには、いくつかの理由があります。
 まず先ほど述べたように、ストーリーが非論理的だということ。さらに全編モノクロ映像であることや、暴力シーンを場合によってはスローモーションで見せていること。そして人物をかなりの高所から俯瞰で撮るなど、日常生活で人を見る時とは違う構図を、積極的に取り入れていること。これらの要素によって、差別や暴力の描写がありながら、どこかファンタジックな映画に仕上がっているのだと思います。
 
 また、この映画には必要以上の暗さはありません。これには、主演の佐野和宏の持ち味が関係しているような気がします。私は随分前からこの俳優さんが好きで、何だかいいな~と感じていたのですが、それが何故なのか今回初めて分かりました。

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『長江哀歌(ちょうこうエレジー)』

2006年 中国 監督・脚本:ジャ・ジャンクー 出演:チャオ・タオ、ハン・サンミン
公式サイト→http://www.bitters.co.jp/choukou/

 『プラットホーム』『世界』などの作品が、主にヨーロッパで高く評価されてきたジャ・ジャンクー監督の新作。ベネチア映画祭で金獅子賞グランプリを受賞しています。ちなみに『長江哀歌』というのは邦題で、元のタイトルは『三峡好人』(「三峡の善人」という意味)。現代中国の経済成長を象徴する、巨大な「三峡ダム」の建設地が舞台になっています。
 
 大河・長江の景勝地、三峡。そのほとりにある奉節は二千年の歴史を持つ古都ですが、ダム建設のため短期間で破壊され水没しようとしています。
 サンミンは16年前に別れた妻子との再会を夢見て、山西省からこの地にやってきました。シェン・ホンは2年間も音信不通の夫を探しに、やはり山西省からやってきました。サンミンは解体現場で働きながら、シェン・ホンは現地の友人と歩き回りながら、それぞれに尋ね人を探すのですが‥‥。

 ジャ・ジャンクー監督の作品は、ストーリーの起伏でグイグイ引っ張っていくタイプの映画ではありません。いつもストーリーはシンプルで、台詞は少なく、間(ま)が長い。つまり、その場その場の空気や雰囲気をじっくり描いていくタイプの映画です。今回はそういう描写が、大河のほとりの壮大な風景の中で展開していきます。

※ここから先は画質や撮影などについて述べています。興味のある方はお読みください。

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いかにも濃そうな映画、大量に上映中。

 しばらくの間いろいろと細かい用事が多くて、全く更新できませんでした(定期的に覗いてくださっている方、どうもスミマセンでした)。映画もほとんど観に行ってないし、ビデオやDVDも観てないので、急にたくさん更新することはできませんが、少しずつやっていこうと思います。とりあえず、更新や鑑賞の予定(目標)を書いておきます。

----------更新予定----------
●『長江哀歌』‥‥少し前に観ました。いくつか書きたい要素があるので、近日中に書いてアップしたいです。

----------鑑賞予定----------

●『追悼のざわめき』‥‥80年代に制作・初公開された伝説のカルト映画が、デジタルリマスター版で甦りました。

●『人が人を愛することのどうしようもなさ』‥‥石井隆監督の新作です。石井監督は近年、団鬼六原作の『花と蛇』シリーズを撮っていましたが、今回は久々のオリジナル作品。彼はもともと劇画家で、さらに映画の脚本家として活躍したのち監督デビューしたという特異な経歴の持ち主です。劇画・映画それぞれに熱狂的なファンが付いていて、私も「熱狂的」というほどではないですが、彼の監督作品はかなり好きです。『天使のはらわた 赤い眩暈』とか『夜がまた来る』とか。画面の構図や色彩感覚が独特なうえに、異様な緊張感が漲っているんですよね。だから、気楽にゆったり観ることは出来ません。観ると確実に疲れます。今回もたぶん疲れると思いますが、心地よい疲れであることを期待して観に行こうと思います。

●「妄執、異形の人々Ⅱ」‥‥シネマヴェーラ渋谷の特集上映。過去の邦画の怪作・問題作・隠れた傑作がズラリ勢ぞろい! あの「戸塚ヨットスクール」を題材にした『スパルタの海』(1983)は公開直前にお蔵入りとなったため、今回が初の劇場上映だそうです。他にも、『銭ゲバ』『異常性愛記録 ハレンチ』『にっぽん‘69 セックス猟奇地帯』など、興味深い作品がいっぱい。

●『そんな無茶な!』‥‥本田隆一・井口昇・花くま ゆうさく・真利子哲也という4名の監督によるオムニバス映画です。個人的には井口監督の『おばあちゃんキス』が楽しみ。おばあちゃん同士の恋愛を描いた作品で、実際にご高齢の女優さんたちがキスシーンを演じているそうです。ちなみに「花くま ゆうさく」氏は、ハゲ&アフロのキャラクターでおなじみのマンガ家さん。今回が映画初監督で、主演もしているとか。

『童貞。を~』上映情報

 前回の『童貞。をプロデュース』の記事で、公開中の映画なのに上映情報を入れるのを忘れていました。現在、東京の池袋シネマ・ロサにて連日夜9時から上映中です。チラシなどには「9月7日まで」と書かれていますが、実際には「9月14日まで」と延長されました。その後は大阪で上映されるようです。詳しくは、公式サイトhttp://www.spopro.net/virgin_wildsidesをどうぞ。
 
 なお前回の記事はアップ後に、いろいろな箇所を少しずつ書き足しました。要旨は変わってないですが、全体的に説明が詳しくなりましたので、既に読んでくださった方も、よろしければニューバージョンをお読みください。

『童貞。をプロデュース』

2006~2007年 日本  構成・編集・プロデュース:松江哲明  出演:加賀賢三、梅澤嘉朗、加賀くんの友人たち、梅澤家の人々、カンパニー松尾、峯田和伸

 2年にわたって第1部→第2部の順に制作されたドキュメンタリー映画です。構成・編集・プロデュースの松江哲明氏は、ドキュメンタリー映画の他にAVの監督も務めるなど多方面で活躍している方。今年で30歳だそうです。なお彼は今回、資料によって「監督」とクレジットされている場合と、そうでない場合があるので、念のためこの記事中でも「松江監督」ではなく「松江氏」という表記を使っておきます。
 
 さてこの映画はタイトル通り、童貞くんをプロデュースするという内容。ただし第1部と第2部では、「プロデュース」の意味や方向性がかなり変化しています。私が思うに、第2部では松江氏の方が童貞くんにプロデュースされているような。
 
 第1部の主人公である加賀くんは、自転車メッセンジャーのバイトをしている23歳の青年。少し前まで半引きこもり状態だった上に、片思いの女性・まさみさん(仮名)に告白する度胸もない内気な性格‥‥かと思いきや、AV業界で働く松江氏の前で「AVの仕事は汚い職業」と発言するなど、やや傲慢な面もあります。松江氏は加賀くんをAVの撮影現場に連れて行き、スパルタ方式で女性に慣れさせようとするのですが‥‥。
 
 第2部の主人公である梅澤くんは、ゴミ処理業の会社でバイトしている24歳の青年。東秩父村の実家で両親や弟夫婦と同居しています。自室で大量の本やビデオに囲まれ、グラビアの切り抜きスクラップに精を出す彼の「尊敬する人物」は、特殊マンガ家の根本敬。
 そして憧れの女性は、80年代アイドルの島田奈美。彼女はとっくの昔に引退して、本名の「島田奈央子」名義で音楽ライターをしているというのに、彼は今の時代に「島田奈美」に捧げる自主映画まで作っているのです。松江氏は、その映画『独立宣言』を島田奈央子さんに観せようとするのですが‥‥。
 
 このように、加賀くんに対するプロデュースは、ストレートに童貞脱出へ導く(女体や性行為に近づける)類のものなのに、梅澤くんに対するプロデュースは、そうではないのです。「遠い存在である憧れの女性に、自分の思いを伝えさせる」という作業ですからね。
 しかも厳密に言うと、相手は「憧れの女性」ではないのです。梅澤くんが憧れているのはあくまでも「アイドルの島田奈美」であって、島田奈央子さんではない。つまり「憧れの女性の分身(?)に思いを伝えさせる」という、何だか訳の分からないことになっているのです。いずれにせよ、童貞脱出とはあまり関係ない次元に突入していますね。
 なぜこういう展開になったのか。それは知らず知らずのうちに、松江氏が梅澤くんに引っ張られたからだと思います。そしてそこには、加賀くんと梅澤くんのキャラクターの違いが大きく関係していそうです。
 
 加賀くんは、「思い出ねつ造ノート」(“自分は女の子にモテていた”という嘘の思い出を表現したノート)を作るなど奇行も多いのですが、それでもかなり今どきの普通の青年です。まず容姿。そうですね、スガ シカオを若くしたような感じです。美形ではないけど撮り方によってはオシャレっぽく見える、みたいな。髪型・服装・眼鏡などのファッションもわりと今風です。
 あとやはり、昔のアイドルとかではなく身近な女性に恋しているというところが普通です。
 
 そして梅澤くん。彼は容姿からして、かなり独特です。顔立ちや表情が妖怪っぽい‥‥(ごめんなさい! でもこれ褒めてるんですよ)。しかも彼、映画の中で自分の髪を切るのですが、その切り方がとてつもなく雑で、仕上がった髪型がまあ滅茶苦茶というか前衛的というか。こういう髪形で生活できること自体、人間離れしていると思います。
 また彼は、ゴミ処理の仕事を真面目にこなすと同時に、ゴミの中からまだ使えそうな物を漁って活用し、そういう作業を通じて感得した独自の哲学をネット上に書き綴ったりしています。何だか仙人みたいです(実は映画の中で、彼の過去のエロ系エピソードが1つ明かされるのですが、本物の仙人ではなく若い男子なので大目に見てあげましょう)。
 ちなみに梅澤くんも以前は身近に好きな女性が居て(フラれた)、その女性と久しぶりに会ったりもするのですが、あまり執着はない模様。やはり島田奈美の方が断然いいみたいです。 
 
 第1部に「昔の自分を見ているようで‥」という字幕が出ることからも分かるように、たぶん加賀くんはいろんな意味で、童貞時代の松江氏と似ているのでしょう。
 例えば加賀くんは“♪君の穴という穴すべてを僕のペ○スで塞ぎたい~”と、自作の『穴奴隷』なる歌を熱唱するのですが、まあその歌自体はさておき、そこに込められた「彼女とセックスしたい=童貞を脱出したい」という気持ちは、当時の松江氏も同じだったのでしょう。だからこそ松江氏は、加賀くんをコントロール下に置くことが出来たのだと思います。
 
 しかし梅澤くんはいろんな意味で童貞時代の松江氏とは違っていて、松江氏は内心たじろいだのではないでしょうか。「俺の理解を超えている!」という感じで。そもそも梅澤くん、別に「童貞を脱出したい」なんて思ってないみたいだし。加賀くんの場合は「モテたい」「ヤリたい」という欲望が自作のノートや歌に滲み出ていますが、梅澤くんの場合はそういうのも無いですし。
 
 そうそう、さっき「仙人」と書きましたが、彼の住んでいる埼玉の東秩父村って、ものすごい山奥なんですよ。村全体の様子は分かりませんが、少なくとも梅澤家の周囲には本当に何も無いんです。そして梅澤家自体も、最近めっきり見かけなくなった昔風の造りの家で。とにかくこの村や家を撮った映像はインパクト大です。
 松江氏は(彼自身のブログによると)東京の武蔵野市で育ったそうで、つまり童貞期をかなりの都会で過ごした彼は、梅澤くんの居住環境にもタジタジだったのでは? そして気づいたら、童貞脱出とは関係ない展開になっていた、と。
 未見の方のために詳述は避けますが、作品の終盤では更にその傾向が強まっていたような気がします。ちなみに終盤での梅澤くんは、すごく幸せそうでした。
 
 童貞をプロデュースするつもりがプロデュースされちゃった、という現象。童貞に対して(あるいは他者に対して)やや固定観念を持っていた松江氏は、梅澤くんの仙人パワーで枠が広がったのではないでしょうか。「負うた子に教えられる」とは、こういうことです。多分。
プロフィール

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。

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