『十代 恵子の場合』

1979年 日本 監督・脚本:内藤誠 出演:森下愛子、三浦洋一、風間杜夫、深見博、成瀬正、吉岡ひとみ、絵沢萠子、玉川伊佐男、土門俊、殿山泰司

 以前、「特にファンではないものの、昔から少しだけ気になっている役者さん」として戸川純を挙げましたが、私にとって森下愛子もそういう存在。
 といっても森下愛子の場合、「役者」より「女優」という呼び方のほうが似合いますわな。演技がどうとかいう以前に、やはり容姿や雰囲気が圧倒的にいい(と私は思う)ので。何がいいって、「暗さ」と「可愛らしさ」が共存しているところ。暗いだけ、可愛いだけならいくらでもいますが、暗くて可愛いとなると、なかなかいないものです。
 
 さて『十代 恵子の場合』。内容は、進学校に通う東京の女子高生が色々あって地方のトルコ嬢(しかもシャブ中)になり‥‥という、絵に描いたような転落の物語。若い頃の森下愛子には、いかにも似合いそう。そのため、かなり前から観たいと思っていたのですが機会が無く、先週やっと、シネマヴェーラの特集『東映セントラルフィルムの栄光~プロデューサー黒沢満の軌跡』で観ることができました。
 
 大まかなストーリーは先述のとおり、絵に描いたような転落物語。さらにその転落のきっかけは、レイプされそうになっていたのを助けてくれたヤクザに惚れて‥‥という、フィクションではかなりよくあるパターン。しかしだからといって、この映画がつまらないわけでは全く無いのです。
 
 まず、キャスティングが凄くいい。森下愛子はもちろんのこと、ヤクザを演じる三浦洋一も。このヤクザ、ヒロインに対して優しい態度をとりつつも結局、自分のいいように彼女を利用している面も大いにあって、その曖昧な感じを三浦氏がうまく表現しています。 
 髪はリーゼント、街を歩くときは必ずコートの袖に手を通さず肩にかけ、しかも口笛を吹いているというキザなスタイルも、カッコいいんだか悪いんだか分からず、どこか弱さが漂うのも三浦氏の持ち味かと。
 
 さらに、古本屋の店員としてヒロインと出会ったものの、トラックドライバーに転職して姿を消してしまう純朴な青年に扮するのが、風間杜夫(つまり当時の「つか劇団」を代表する男優2人が対照的な役を演じているわけですね)。風間氏、不器用だけどひたむきにヒロインを思い続ける青年をみごとに体現しています。この人は本当に愛矯があるな~。
 そしてヒロインの母に絵沢萠子、古本屋の店主に殿山泰司など、出てくるだけで「おっ」と言いたくなるような役者さんがいっぱい。またヤクザの兄貴分を演じる成瀬正は、東映でその種の役をガンガンやっていた方なので、さすがに安定感があります。
 
 東映と言えば、この映画自体が東映系の作品だし、しかも監督・脚本は(東映の番長モノなどでおなじみの)内藤誠。だから全体的にヤクザやスケバンの描写が濃厚で、ヒロインが元々いた世界とのギャップが大きいため、彼女の転落ぶりが非常に鮮烈なものとして迫ってきます。

※以下の文章では作品の結末に触れています。

 ところでこの映画では、ヒロインの弟の存在が、ちょっとしたアクセントになっています。この弟くん、出番は少ないものの、かなりのナイス・キャラ。何かというとギャーギャー言い争ってばかりの両親を反面教師にしているのか、常に冷静で。ヒロインが家に寄りつかなくなりだんだん裏社会に染まっていく中、世間体を気にして動揺する両親を尻目に、彼女の帰宅を静かに待ち続けます。
 そんな弟くんの、姉に対する言葉。「僕、姉ちゃんが不良になったくらいでオタオタするような奴じゃないよ」。
 
 そして終盤、ヒロインは地方で悲惨な状態に陥っているときに偶然、古本屋の店員からトラックドライバーになった青年と久しぶりに再会。彼に助けられ、結局彼女は立ち直ります。
 激しく転落したわりには上手い具合に立ち直るというこの展開、いささか安易ではありますが、しかし、あまり違和感はありません。やはり弟のキャラクターが効いているというか、「肉親の中にも彼女を静かに見守っている人がいる」ということが、さりげなく描かれているので、前向きなラストもけっこう素直に受け入れることができるのでしょう。

そうだったのか。

 実は前回の記事をアップした時点では、「WE ARE THE PINK SCHOOL!」公式サイトの作品紹介だけに目を通し、タイムテーブルは殆ど見ていませんでした。で、その後改めてタイムテーブルを見て、初めて気づいたのですが。2本立て興行でどの作品も4回ずつ上映、そしてその4回というのが、常に同じ作品との組み合わせになっているのですね。
 例えば、私が必ず観ようと思っている竹洞哲也監督『悩殺若女将 色っぽい腰つき(恋味うどん)』の場合、4回とも、佐野和宏監督『変態テレフォンONANIE(Don't Let It Bring You Down)』とセットになっています。私としては、「『Don't Let It~』はもう何度も観たから今回はパスして、そのぶん未見の作品を‥」と思っていたので、アリャリャリャリャッて感じです。

 といっても、このブログで「とてもいい俳優さんだと思う」と書いた佐野氏の監督・主演作品と、「個人的に要注目」と書いた竹洞・小松コンビの作品がセットで上映されるのは、ある意味嬉しいことでもあるわけで。もちろん、私はこの2本立てを必ず観に行きますよ。
 『Don't Let It~』は今回でたぶん5度目。最初に名画座で観て、上映会にも行って、さらにDVDでも2度ほど観ています。作品自体というよりも、とにかくあのラストシーンとエンドクレジットが、とんでもなくグッとくるので。

ピンク学院、開校。

特集タイトル『WE ARE THE PINK SCHOOL! 日本性愛映画史 1965-2008』
2月28日~3月20日  シアター・イメージフォーラム(渋谷)にて

公式サイト→http://www.spopro.net/pinkschool/

 上記のとおり今月末から約20日間にわたって、ピンク映画の歴史をたどる特集上映が行われます。一般館で、しかもレイトショーではなく午前中からの上映。全部で42本(代表的な42人の監督、ひとりにつき1本)。これほど大規模なピンクのイベントは史上初だそうです。ピンク好きの方は既に独自の鑑賞計画を立ててらっしゃると思うので、以下の文章は、おもに「ピンクを観たことがない」という方に向けて書きます。

 さて私は今回のイベントを記念して(?)、このブログの構成を少し変えてみました。今まで映画のレビュー記事は全て「映画作品」というカテゴリーに入れていたのですが、それを「一般映画」「ピンク映画」「ロマンポルノ」の3つに分けてみたのです(左にある「カテゴリー」という部分をご覧ください)。
 
 現時点では「ピンク映画」は7つしか該当記事が無いし、ここで取り上げた作品のうち今回上映されるのは加藤義一監督の『痴漢電車 びんかん指先案内人(ヒロ子とヒロシ)』だけなのですが、それでもここに登場する監督たち(竹洞哲也など)は皆、今回の「代表的な42人の監督」に選ばれているので、少しは参考になるかな~と思いまして。
 また、この7つの記事にザッと目を通すだけでも、ピンク映画には色々なタイプの作品があるということが、お分かりいただけるはず。実際、例えば渡邊元嗣監督の作品と瀬々敬久監督の作品は、別の惑星の映画と言ってもいいほどタイプが違います(ちょっと大げさか‥‥)。

 そして今回の特集では、若松孝二・高橋伴明・滝田洋二郎・周防正行・黒沢清・廣木隆一など、いわゆる世間的に有名な監督の作品も上映されるので、ピンク初心者の方はそのあたりから観てみると面白いかも。別の意味で有名な足立正生監督の作品もあることだし。なお廣木監督の『ぼくらの季節』は薔薇族映画で、大杉漣が出演してますよ。
 
 また女性で初心者の方は、女性スタッフが関わっている作品から観てみると、入りやすいかもしれません。例えば、吉行由実監督&五代響子脚本の『姉妹どんぶり 抜かずに中で(イノセント・キス)』や、西田直子脚本の『濃厚不倫 とられた女(ビタースイート)』など。
 そうそう、国映という製作会社には大ベテランの女性プロデューサーが居まして。つまり、今回上映される作品のうち「製作:国映」となっている映画の多くは、その女性が企画しているわけです(作品中には「企画:朝倉大介」と男性風の名前がクレジットされますが、この名前は国映のプロデューサー陣に共通の仮名だそうです)。
 さらに女性で大ベテランといえば、浜野佐知という監督もいるのですが、今回は彼女の作品は上映されません。

 ところで私は去年、成人館でのピンク映画のイベントに参加し、その時の様子について「上映中に歩き回る人が多かった」などとレポートしました。しかし、それはあくまでも成人館の場合。今回のような一般館でのピンク上映の時は皆、座って熱心に映画を観ているので、初めての方も心配しないで参加してみてください。
 や、まあ、絶対に何も起きないとは言えませんよ。でも、いわゆる一般映画を観に行ってマナーの悪い人に遭遇することもあるわけだし。余談ですが私は昔、世間で「名画」と呼ばれている一般映画を観に行って痴漢にあったことがあります。ピンクではその種の被害経験はナシ。

『東京夜話』

1996年(2006年に改題&文庫化)  著者:いしいしんじ
発行元の公式サイト→http://www.shinchosha.co.jp/book/106925/

 またしても、いしいしんじの本です。実は前回の記事に関して、ある方から「昔、中島らも氏がいしい氏の小説(サケとマグロの恋話)を自著で取り上げていて、読んでみたいけど入手方法が不明で‥」という旨のお話を伺いまして。
 「中島らも推薦(たぶん)! サケとマグロの恋! なんか面白そう!」と気になって調べてみたところ、その小説は『とーきょー いしい あるき』という本に掲載されている『クロマグロとシロザケ』であることが判明。ただしこの『とーきょー いしい あるき』、今から13年前に東京書籍が単行本として出版し、3年前に新潮社が『東京夜話』と改題して文庫化したとのことで、私はその文庫版の方を読んでみたわけです。

 で、『クロマグロとシロザケ』。オスのクロマグロと、メスのシロザケの恋を描いた作品。素晴らしいです。私は映画や小説について語る際に、あまり「泣ける」とか「泣いた」とかいう言葉を使いたくないのですが、今回は使ってしまいます。泣きました。まさかマグロとサケの話でこうなるとは思っていなかったので、自分でもビックリです。
 しかし考えてみると、マグロとサケの話だからこそ泣いた、のかもしれません。この小説では本文の前に、クロマグロとシロザケについて、百科事典的に図入りで解説してあります。まず、この内容を頭に入れることが重要。なぜなら両者は、同じ魚といえども回遊場所など生き物としての性質が違っていて、それがストーリーに大きく関係してくるからです。

※以下の文章では、作品の結末に軽く触れています。
 
 クロマグロとシロザケの回遊場所は、ほとんど重なりません。それぞれが南の魚と北の魚であり、そこでしか生きられないのです。しかもクロマグロがずっと海で過ごすのに対し、シロザケはやがて自分の生まれた川へ帰ります。他にも産卵の仕組みなど、色々な面で違っています。
 つまり、たまたま出会った2匹が恋に落ちても、一緒に生きていくことは不可能。だから「彼」と「彼女」は別れを選ぶのですが、最後に築地の魚市場で運命的な再会を果たします。そして、「奇跡」を起こします。悲しく、激しく、エロティックな奇跡。この場面、凄いです。
 
 思うに人間同士の恋話だと、こういう悲しさにはならないんじゃないかと。もちろん人間同士の恋にも色々な障害はあって、例えば国や地域によっては異なる民族の男女が結ばれるのは非常に難しいことですが、それでも「駈け落ちしたら必ずどちらかの体が弱って死んでしまう」とか「生殖の仕組みが違う」ということは無いので、やはりクロマグロとシロザケの悲しみは独特なわけで。その独特の悲しみが、見事に小説として結晶しています。
 
 では、最後の築地の場面以外で私が好きな部分を、書き写しておきます。2匹がまだ付き合っていた頃の描写。
 【泳ぎ疲れて帰るとき、彼女はいつもぼくの胸に触れた。そして、温かいね、と言った。たしかに彼女の体は、陽の射さない海底の洞窟みたいに冷たかった。冷たい体を胸鰭で抱きしめると、彼女はぼくにぴったりと身を寄せた。今なら百匹のダイオウイカにだって勝ってみせる、と思った。】

 ところでこの『東京夜話』には、18篇の小説が掲載されています。非常に短いものもあるので、短編集というよりショートショート集といった方がいいかもしれません。どの小説も、東京の特定の地域が舞台になっています。
 例えば『クロマグロとシロザケ』は先述のように築地で、他には『ベガ星人はアップルパイが得意なの』は原宿、『すごい虎』は柴又、『アメーバ横丁の女』は上野・アメ横、『もんすら様』は巣鴨といった具合(とりあえずタイトルの面白いものを列記)。
 
 前回の『四とそれ以上の国』の記事では、「現実の四国と、小説の中のシュールな四国が絡み合って混乱」したと書きましたが、今回は、非現実的でありつつも意味や意図の分かりやすい作品が多かったので、混乱はしませんでした。単純に読みやすさで比較すると、『東京夜話』のほうが読みやすいです。あと今回、作品によっては、かなりギャグが多いです。下ネタもあり。

 ちなみに私がこの本の中で、『クロマグロ~』の次に好きなのは、新宿ゴールデン街を舞台にした『天使はジェット気流に乗って』。というか、これに出てくるダッチワイフがすごく可愛いのです。作品中にも【たぶん、男だって女だって、彼女みたいなダッチワイフにはみんな魅かれるのだと思う。】と書いてありますが、その通り。惚れました。そして、泣きました。

『四とそれ以上の国』

2008年 著者:いしいしんじ 
発行元の公式サイト→http://www.bunshun.co.jp/book_db/3/27/70/9784163277004.shtml

 書評などで紹介されているのを目にするたび少し気になっていた作家、いしいしんじ。気になりつつもまだ作品を読んでいなかったのですが、今回彼が四国を舞台にした短編集を発表したと知り、四国出身者としての興味もあって読んでみました。
 まず、タイトルがいいですねえ。『四とそれ以上の国』。これは本全体のタイトルで、中に収められている5篇の短編小説のそれは、『塩』・『峠』・『道』・『渦』・『藍』。いずれも内容は、かなりシュールです。絵で言えば、細密な抽象画風。一見すると(一読すると)「ワケが分からん」という感じですが、その世界にグッと入ってしまえば、怖かったり面白かったり嬉しかったり。感情を揺さぶられます。また「意味」を見つけたい人は、その人なりに見つけることもできそうです。

 例えば、『塩』の序盤にこんな一文があります。
 【父はいろんな女性と関係がある人で、仁尾町の俺の知っているほぼすべての女性らしい女性と、関係があったという人もいたが、俺は十二人きょうだいの末っ子で、十二人にはいちおう戸籍があり、それぞれ、故人や義理を合わせ、八人の母親がいた。】
 
 通常この設定だと、一族のドロドロした人間模様がメロドラマチックに描かれたりするものですが、この小説の場合、最初から最後までそういう雰囲気はありません。なにしろ、その12人きょうだいの四女はいつも瓶の中に入っているし、きょうだいのうちの4人を引き取った箱屋の女主人は、腕に筋が盛り上がっていて、その筋が手首の方に動いたり、「ぴょこたん、ぴょこたん」と跳ねあがったりするのです。何じゃそれ? って感じですよね。
 
 ではひたすらに摩訶不思議一辺倒なのかというと、そうでもなく、その箱屋の女主人については、こんな描写もあります。
 【女主人は、世間的に、一見どうしようもないと思われる人間にも、さらに一層、どうしようもなくなる可能性がある、ということをわかっていた。】
 どうです、何か起こりそうでしょう? 実際、起こります。シュールであると同時に、人の世の性(さが)を見据えたような味わいがあるのです。『塩』だけでなく、他の4篇も同様。

 ただ私自身は、もう少し摩訶不思議度の低い小説が好みというか。最初はある程度現実的に始まって、途中から知らず知らずのうちに不思議な世界に導かれるような作品の方が、好きです。映画に例えると、キム・ギドク監督作品のような。
 まあ今回は故郷の四国が舞台なので、自分の知っている現実の四国と、小説の中のシュールな四国が絡み合って混乱し、やや読み辛かったのかもしれません。特に自分の生まれ育った某地域が出てくると、そこにまつわる個人的・現実的な事柄が意識の中にチラついて、ちょっと邪魔くさかったです。奇妙な面白さもありましたが。ちなみに著者のいしい氏は大阪出身だそうです。

 余談ですが、宇和島が舞台になっている部分を読んでいる時、やたらと「凸凹神社、出てきたらええのにな~」と期待してしまいました(結局出てこなかった)。私は宇和島に住んだことはないものの何度か訪れていて、そのたびに凸凹神社を見学しています。はい、おすすめスポットです。エロについて真面目に研究(?)している方限定ですが。
プロフィール

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

最新記事
カテゴリー
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
RSSフィード
リンク