多湿な日々

 今更その話題かよ! と思われるかもしれませんが、近況報告ってことで書いておきます。20日に行われたピンク大賞の上映会、残念ながら行けませんでした(諸事情によりオールナイトのイベントには参加しづらいです、特別なキッカケでも無い限りは)。以前、上野オークラで不完全鑑賞に終わった、竹洞・小松コンビの『いつまでも どこまでも』は特に観たかったんですけどね。
 
 そのかわり、というわけでもないのですが、国沢☆実&小松公典というちょっと珍しい組み合わせによるOVが手に入ったので、鑑賞しました。近日中に書けたら書きます。あ、その前に多分ミッキー・ローク主演『レスラー』の記事が来るでしょう。

『東京ギャング対香港ギャング』

1964年 日本 監督・脚本:石井輝男 脚本:村尾昭 出演:鶴田浩二、高倉健、丹波哲郎、内田良平、安部徹、待田京介、八名信夫、高見理紗、三田佳子

 先週、新文芸坐の健さん特集にて『ならず者』と2本立てで鑑賞。『ならず者』と同じく、香港とマカオで海外ロケを行ったギャング映画。
 
 とにかく上映プリントの変色っぷりが凄かったです。カラー映画のプリントが古くなると赤茶色っぽくなる場合がある、ということは知っていたし、実際にそうなっている作品を観たこともありますが、今回は「赤茶色っぽい」どころではなく「あまりにも赤茶色」。まるでモノクロ映像の黒やグレーの部分が全て赤茶色になったような、と言えば分かっていただけるでしょうか。
 そんなわけで、さすがに観づらかったし、特に細かい部分はよく見えなかったので、作品内容については、あまり書かないでおきます。
 
 ちなみに『ならず者』は、これと同じ年に同じ会社(東映)で製作された作品ですが、多少音声が途切れていたものの、映像はわりと良好でした。この違いは何なのかなあ。上映回数の違いか、保管方法の違いか。はたまた『ならず者』の方だけ、あとでニュープリントが作られたのか。(私にはこのあたりの専門知識が無いため、詳しいことは分かりません。ご了承ください。)

 ところでこの『東京ギャング~』と『ならず者』は、ロケ地や封切時期や製作会社のみならず、監督・出演者などあらゆる面でやたらと共通点が多いので、もしかしたら2本同時に撮影したのかも、と思っていたのですが。調べてみると、そうではありませんでした。
 
 石井監督のインタビュー本『石井輝男映画魂』(ワイズ出版)によると、製作順は『東京ギャング~』の方が先で、まず『東京ギャング~』を低予算で作ったところ、ある程度ヒットしたので、次に予算を増やして『ならず者』を作ることになったそうです。だから『東京ギャング~』の時は撮影期間が短かったり、海外のロケ地で隠し撮りをする羽目になったり(正式に撮影を申請するとお金がかかる)、とにかく色々と大変で、それに比べると『ならず者』は楽だったとか。
 そういえば同じ香港ロケと言っても、『東京ギャング~』ではスラム街が延々と映っていたのに対し、『ならず者』ではそういう地域とともに観光地的な場所もかなり映っていたような。これってやはり、「無許可の隠し撮り」と「正式に申請した上での撮影」の違いなのでしょうか。

 それと『東京ギャング~』は、序盤は健さんが主演(鶴田浩二は全く出てこない)、中盤以降は鶴田浩二が主演(健さんは全く出てこない)、という奇妙な構成になっているので、もしかしたらスケジュールの都合か何かで2人が一緒に参加できなかったのかも、と推測したわけですが。またしてもハズレでした。
 
 先述の『石井輝男映画魂』によると、特にその種の事情は無かった模様。そして石井監督は、脚本を色々書き直しているうちにああいう構成になってしまった‥‥というようなことを仰っています。ただこの発言自体は、ちょっと遠慮がちなのでは。
 というのも、この本を読んだ誰もが感じると思うのですが、石井監督は鶴田氏のことをやや嫌っていたようなのです。で、健さんのことは非常に気に入っていた。そしてこの映画のオープニング・クレジットでは、鶴田氏の名前が最初に単独で出てくる。つまり、会社側はあくまでも「鶴田浩二の主演映画」として企画したのに、石井監督はやはり健さんをメインで撮りたくて、その妥協点を探るうちに(?)ああいう構成になったんじゃないでしょうか。もちろん私の勝手な推測ですけど。
 
 そういえば映画の中で、鶴田氏扮する男がヤクの禁断症状でのたうち回る場面と、ケバいお姉ちゃんがエロいダンスをしている場面とが、なぜか執拗にカットバックされていました。この2人の登場人物は何の接点も無いので、恐らくイメージ描写(?)なのでしょう。いかにも石井監督らしい奇抜な演出。とはいえ、男がヤク中であることがその場面で唐突に明かされたり、のたうち回る姿が実に情けない感じで映っていたり、なんというか、監督の鶴田氏に対する悪意が滲み出ているような気も‥‥。
 
 というわけで今回は、変色により画面が観づらかったため、作品の内容よりも裏側について、色々と書き連ねてみました。たまにはこういう文章もいいんじゃないの? と寛大な心で許していただければ、ありがたいです。

『ならず者』

1964年 日本 監督・脚本:石井輝男 出演:高倉健、丹波哲郎、杉浦直樹、安部徹、三原葉子、南田洋子、高見理紗、赤木春恵、加賀まりこ

 数日前に、新文芸坐の特集「孤高のスタア 高倉健」にて鑑賞。健さん演じる殺し屋・南条が、香港から横浜そしてマカオへと、自分をハメた依頼主の毛(安部徹)を追い続けるが‥‥というストーリー。
 2本立てのもう1本『東京ギャング対香港ギャング』がわりと珍妙な映画だったので、それに比べて「普通に面白いアクションもの」という印象を受けたのですが、やはり石井輝男監督だけあって、ときどき過剰だったり過激だったりする描写があり、独特の味わいを生み出していました。
 
 例えば南条が、宿の年老いた女主人(赤木春恵)に暴力をふるって殺してしまうシーン。この女主人は、自分の娘(高見理紗)を見殺しにして殺した犯人から大金をせしめるような酷い人物なので、南条が彼女に対して怒りを感じるのはもっともだと思いますが、それにしても沈着冷静なプロの殺し屋である彼が、怒り狂って老婆をガンガン痛めつけるさまは、やや異様というか過剰な気もします。
 ただ南条というキャラクターは、人を騙すなどの卑怯な行為を嫌っているという設定なので、そういう彼の真っすぐな部分を強く表現したシーンとして観ることもできます。
 
 また、南条と関わりのある組織のボス・蒋(丹波哲郎)が、自分を裏切った部下の明蘭(三原葉子)を撃ち殺すシーン。こちらで注目すべきは暴力描写ではなく、撃ち殺す前に蒋がピストルでピアノの鍵盤を叩いて、ショパンの『葬送行進曲』を奏でるところ。
 や、正確に言うと『葬送行進曲』の、例の有名な最初のフレーズだけを延々と奏でるのですよ。この描写、面白いしカッコいいんですけど‥‥ちょっとクドい。短いフレーズを何度も何度も何度も繰り返すので‥‥。でもまあ、タンバ先生のむやみに大物感あふれる佇まいと相まって、普通の迫力とはちょっと違う、「強引かつ粘っこい迫力」とでもいうものが漂っていたのは確かです。

 そしてもうひとつ、こちらは殺す・殺されるではなく人を救うシーン。南条が肺病持ちの娼婦(南田洋子)のアパートで、彼女のノドに詰まった血を自分の口で吸いだしてやる描写。なんつうか、激しいです。そして少々グロテスク。大量の血を口移しならぬ口受け(?)で、ヂュルルルルッと吸って、ビャーッと吐き捨てるわけですから。しかしこれも、南条の真っすぐさ、ひたむきさの表現として観ることも可能でしょう。
 
 それにしても、このとき居合わせた刑事(杉浦直樹)が、南条に口ゆすぎ用の水を手渡す際、コップではなく片手鍋に水を入れて持ってきたのは、ちょっと可愛かった。コップでは少ししか水が入らないから、持ちやすくてしかも水がたくさん入る片手鍋で‥という気遣いか。あるいは、慌てていて「とにかく早く水を!」と、たまたま目に入った片手鍋を夢中でつかんだ、とか。
 いずれにせよ、このあと南条と刑事が立場の違いを超えて奇妙な友情をはぐくむのも、何となく納得できます。片手鍋、監督の意図的な演出なのかなあ?
プロフィール

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。

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