『からっぽ人魚』

成人館での公開題:『スケベな住人 昼も夜も発情中』
2010年 監督:竹洞哲也 脚本:小松公典 出演:藤崎クロエ、津田篤、岩谷健司、毘舎利敬、倖田李梨、日高ゆりあ、サーモン鮭山、岡田智宏、佐々木麻由子
【現在、上野オークラ劇場と横浜光音座Ⅱで上映中(10月28日まで)。その後、全国の成人館で順次上映】

 3日前に、上野オークラ劇場にて鑑賞。今回、この作品の関係者の方々が主催された鑑賞ツアーに参加したところ、(特に狙ったわけでもないのに)サーモン鮭山氏の隣に座れることになり、ちょっと緊張しながら観ました。
 さてこの映画、ひとことで言うと「ロードムービー+下宿モノ」。約60分しかない上映時間の中に2つのジャンルがブチ込まれていて、登場人物も多く。しかも彼らが、それぞれの出身地(=演じる俳優の出身地)の方言で喋ります。竹洞・小松コンビ、いろいろ挑戦してますなあ。
 
 青森一郎(岩谷健司)と和歌山二郎(毘舎利敬)は、家庭の事情により苗字は違うものの兄弟で、一緒に暮らしている。2人とも訳ありの元ヤクザ。彼らは滞納している家賃を体で払うよう、家主の広島響子(佐々木麻由子)に迫られ、彼女の相手をする。が、猛烈な性欲を持つ彼女につき合いきれず、逃げ出すことに。
 いろいろあって、辿り着いたのは海辺の町。砂浜でダベっていた兄弟は、ビキニ姿の美女(藤崎クロエ)が倒れているのを見つける。彼女は無事に生きていたが、記憶喪失になっていた。そこへ現れたのは、訳ありヤクザの神戸キタオ(津田篤)。兄弟は美女に「ノンちゃん」と名付け(ノン・ネームだから)、キタオは自分の住む下宿屋に彼女を連れていく。勝手についていく兄弟。
 その下宿屋にはキタオの他に、ひたすら枕営業に励む保険外交員・島国一子(日高ゆりあ)、10年も浪人している京大東大子(倖田李梨)、気弱なヘナチョコ大家(岡田智宏)‥‥と濃すぎる面々がいて、そこにノンちゃんと兄弟が加わったものだから、いっそう賑やかに。さらにキタオと因縁のある不気味な殺し屋・八戸(サーモン鮭山)が突然現れ、ドタバタの中にも深刻な空気が漂い始め‥‥。

 観ていると、兄弟の視点で進行する話かと思いきや、途中で現れたキタオの回想シーンが何度も出てきたりするので、ちょっと視点が混乱しているような気がして、鑑賞直後のオフ会で、脚本の小松さんにやや文句めいたことを言ってしまったのですが。考えてみると、「ロードムービー+下宿モノ」なのだから、「ロード部分は兄弟の視点、下宿部分はトキオの視点がメイン」と解釈すれば納得できます。小松さんスミマセン。
 ガハハと笑って観られる楽しい作品ですが、実はそういう凝った構成になっていて。作り手の緻密な計算とバランス感覚、あなどれないですね。

 ただ、ひとつ残念なことがありまして。この映画、全体的に、男性キャラに比べて女性キャラの描き込みが浅いような。
 といっても、もちろん「からっぽ人魚=ノンちゃん」に関しては、「過去に縛られるヤクザな男たちの対極」という意味で、象徴的な存在なので、彼女の過去や背景が描かれなくても全然OKなのですが、私が気になるのは、島国一子と京大東大子。彼女たちは、(ノンちゃんと違って)何かの象徴というわけでもないし、(広島響子と違って)出演シーンも多いのに、背景が全く描かれていないので、人物像がやや平面的な感じ。もう少し掘り下げて、立体的にした方がいいのでは。

 例えば京大東大子は、10年間も大学浪人をやっているわけですが、なぜ彼女がそこまで志望校に執着するのか、その理由を描くというのはどうでしょう。あ、ちなみにこれ、真面目な理由である必要は全く無いですヨ。むしろ、人が聞いたら爆笑するような理由だけど本人は大まじめとか、そういうのがイイと思います。
 それと最初はガリ勉だった東大子が、快感を知ったことによって、男に襲いかかる猛烈性欲女に変身するのですが、この変身後のキャラが広島響子とカブっているので、その点もちょっと物足りない。もう少し、なにか欲しいです。演じているのが倖田さんだから、やはりダンス系でしょうか。男に襲いかかる前に、珍妙な「発情ダンス」を踊り狂うとか。人間離れした激しい動きで、観客が笑いながらも怖くなるようなダンス。倖田さんなら、できそうです。続編があれば、ぜひお願いします~。

『美人姉妹で姉は先生』

成人館での公開題:『美脚教師 開いて悶絶』
2010年 日本 監督・脚本:友松直之 出演:横山美雪、しじみ、石井亮、堀本能礼、なかみつせいじ、原口大輔、山口真里
【現在、新宿国際劇場で上映中(10月20日まで)。その他、全国の成人館で順次上映中】

 
 3週間ほど前に、上野オークラ劇場にて鑑賞(個人的な諸事情により、アップするのが遅くなってしまいました)。
 ところで私は、このブログでピンク映画について書くとき、原題(脚本段階での題名)が分かる場合は、公開題ではなく原題をメインタイトルとして書くようにしています。この選択はやや邪道なので、良くないような気もするのですが、公開題というのは、どうも作品の内容とズレているものが多く、その点で違和感や脱力感を禁じえないというか。
 今回も、実際に作品を観てみると、公開題からは想像しづらい「姉妹モノ」でした。

 パソコン教室の講師・淑子(横山美雪)は、恋人の弘志(石井亮)との仲もまあまあ順調で、平穏な日々を送っている。しかしある時から、教室の生徒・沙織(しじみ)が、奔放な態度で淑子の私生活に乱入。実は淑子と沙織は昔、義理の姉妹として過ごした時期があった。それを思い出した淑子は、沙織を受け入れる。
 沙織はタレント志望で、以前パソコン教室の取材に来ていたプロダクションの社長・辻(堀本能礼)に会いに行く。辻にノセられ、コスプレ姿で撮影に応じる沙織。気がつくとヌードに近い状態になっていて、辻にレイプされそうになり逃げ出す。
 その日の夜、淑子の部屋で2人きりになった沙織と弘志は、関係を持つ。帰宅した淑子は、ベッドにいる2人を見て激怒。そういう淑子自身も、教室の熟年生徒・山田(なかみつせいじ)とかなりのところまでイッていたのだが、沙織への怒りは収まらず、こう叫んでしまう。「あたしたちが今度会うのは、どっちかの葬式の時よ!」。すると本当に、その通りになってしまい‥‥。

※以下の文章では、作品の結末部分について、かなり詳しく書いています。

 
 要するに沙織が急死し、その後は死んだはずの沙織が淑子の前に現れ、幽霊ファンタジーのような展開に。そしてラスト、淑子と沙織と弘志による3P(?)のあと、沙織は消え、淑子は弘志に向かって宣言します。沙織は私のここ(子宮)に入った、私はやがて女の子を産む、名前はサオリ、私はその子を溺愛し、その子には私のことを「お姉さん」と呼ばせる‥‥と。
 この部分を観て、夏に公開された某ピンク映画(加藤・城定コンビ作)のラストを連想した人は多いでしょう。私もそのひとり。オチとしては、よく似ているんですよね。しかし! オチ自体は似ていても、意味としてはかなり違うような気がします。

 なぜなら某映画のほうは、最初の基本的な設定からしてバリバリのファンタジー作品なので、ラストで示される転生(生まれ変わり)という概念も、作品世界の中では「実際に起こり得ること」として存在するわけですが。この『美人姉妹~』は、(終盤にファンタジックな味付けがあるとはいえ)あくまでも現実的な設定を基本とした作品なので、その中で転生という概念は、「かなり現実離れしたこと」として存在します。
 つまりラストでの淑子は、「かなり現実離れしたこと」を堂々と真面目に宣言しているわけで。きつい言い方をすれば、彼女は妄執に囚われている。少なくとも私は、そのように受け取りました。

 で、そうなると、「沙織の幽霊」らしきものも、おそらく淑子の妄想。だから淑子と「沙織の幽霊」らしきものの交流は、すべて淑子の願望。沙織とこんな話をしたかった、一緒にこんなことをしてみたかった‥‥という。
 しかしそもそも、沙織のほうはどんな気持ちで死んでいったのか。もしかしたら、淑子の「葬式云々」という発言に絶望したまま、死んでいったのかもしれません。実際、淑子の沙織に対する最後の態度は、その発言も含め、かなり自分勝手な部分が多かったのだし。
 こうなると、片思いですな。姉の、妹に対する片思い。しかも、永遠の。


 最後に念のために書き添えておきますが、この映画、非常にコミカルかつ軽やかなタッチの作品です。じゃあ何でこんな湿っぽい文章になるのかって? や、こういう(湿っぽい)解釈もできるんですよ~。 
 『絶対痴女 奥出し調教』もそうでしたが、友松監督の作品は、複数の解釈が成り立つように作ってある場合が多いみたいで。この『美人姉妹~』に関しても、色んな方の批評・感想を読み比べてみると、面白いと思いますよ。そうするうちに未見の方は、きっと観たくなるでしょう。
プロフィール

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。

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