『裏切りのサーカス』

2011年 イギリス・フランス・ドイツ 監督:トーマス・アルフレッドソン 脚本:ブリジット・オコナー、ピーター・ストローハン 出演:ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース、マーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチ、トム・ハーディ、キアラン・ハインズ、トビー・ジョーンズ、デヴィッド・デンシック、ジョン・ハート
公式サイト→http://uragiri.gaga.ne.jp/

 今年の4月末に劇場(TOHOシネマズ シャンテ)で鑑賞し、さらに先日DVDで再鑑賞。ひとことで言うと、大好きな映画。

 ただし最初に観た時は、ストーリーの細部に、やや分かりづらいところがありました(それでも充分面白かったけど)。その後、原作の『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(ジョン・ル・カレ著)を読んでみると、噂どおり長くて複雑な小説で。
 つまり、そういう小説を約2時間の映画にしたわけだから、かなり省略したというか、凝縮したというか。結果的に、やや説明不足になったのかもしれません。
 しかし、その凝縮の仕方が効いている。

 原作はジャンルで言えばスパイ小説で、あらすじは、「英国諜報部(通称“サーカス”)の中にいるソ連のスパイを探し出す」というもの。映画のあらすじも同じ。
 だからこの映画もよく「スパイ映画」と呼ばれていて、たしかにそうなんですが、でも私はあえて言いたい。「これ、ゲイ映画ですよ」と。

 や、ゲイ映画といっても、男性同士のセックス・シーンはありません。しかしこの映画、結局のところ、ある2人の男性の関係が軸になっていて、しかも、その関係が友情ではなく恋愛だと匂わせるシーンがあるのです。
 そしてそのシーンは、終盤だし感情的にグワーッと盛り上がるところ。クライマックス・シーンと言ってもいいでしょう。

 この「2人の男性の関係」は、原作でも、ある程度メインの要素として描かれてはいるのですが、映画では、さらに強調され拡大された感があります。実際、先ほど述べたシーンは原作には無いし、その次のシーン(2人の関係の結末をハッキリと描いている)も、原作には無い、映画オリジナルのものです。
 つまり映画化するにあたって、原作にある色々な要素の中から、その「2人の関係」を最大の要素として選び、それを軸にして作品全体を再構築したのでしょう。その流れで他の要素、例えばスパイの手口やスパイを探す過程などは、あえて省略気味に描いたんじゃないかと。

 長く複雑な原作を映画化する場合、すべての要素を少しずつ短くしたのでは、どの要素も中途半端になり、全体的に薄味な感じになってしまいます。この映画のように、ある要素を強調・拡大して他の要素は短く、という思い切った改変が、やはり効果的なのでしょう。

 以上、おもに脚本(脚色)について書きましたが、この映画、演出・演技・音楽なども本当に素晴らしいです。
 音楽は特に、歌の使い方が上手い。例えば先述の(同性愛を匂わせる)シーンでも、ある有名な歌が流れていて、それがラストまで、いくつものシーンにわたって流れ続けるのですが、これがもの凄く情感豊かに作品を彩っていて。もう、思い出しただけでグッときます。
 あと構図とか色調とか映像の質感とか、とにかくイイし好きですね。私のツボにハマりました。

 最後に、役者さんではコリン・ファースが印象的。実はこの映画を観るまでは、彼に全く魅力を感じてなかったんですが、観たあと「コリンさんスイマセンでした!」と心の中で謝りました。それくらい良かった。なんか妙なフェロモンがモワッと出てましたよ、彼。
 さらにゲイリー・オールドマンは、大昔にファンだったけどその後ちょっと嫌いになって、でも今回見直した! とか、ベネディクト・カンバーバッチはかなり気に入った! とか、色々あるけど、このへんでやめときます。

『それでも人生にイエスと言う』

公開題:『あぶない美乳 悩殺ヒッチハイク』
2011年 監督:森山茂雄 脚本:佐野和宏 出演:みづな れい、倖田李梨、酒井あずさ、久保田泰也、川瀬陽太、本多菊次朗
シネロマン池袋にて上映中(11月8日まで)

 数日前に、シネロマン池袋にて鑑賞。森山監督の前作『アラサーよっこらしょっと!』(2010)と同じく、脚本が佐野和宏で、主演が「みづな れい」。
 『アラサー』の記事にも書いたように、佐野さんの脚本作の特徴は「センチメンタルで分かりやすい」ことだと私は思っていたのですが。今回は、そういう作品ではなかったです。過剰なセンチメンタリズムは排除されているし、観た人が自由に解釈できるような(良い意味での)曖昧さがある。

 (聞くところによると、佐野さんは昨年、大病を患ったりされて色々な変化があったそうで、もしかしたらそのことが作品に影響しているのかもしれません。しかし、詳しい事情を知らない私が勝手な推測をするべきではないので、こういう見方は今は、やめておきます。)

※以下の文章では、作品の結末に少し触れています。

 さきほど、「過剰なセンチメンタリズムは排除されているし、観た人が自由に解釈できるような(良い意味での)曖昧さがある」と書きましたが、それが最もよく表れているのが、終盤での、ヒロインが10年ぶりに父親と会うシーン。
 10年前のある出来事を大きな心の傷として抱えてきた彼女が、父親に語りかけます。「恨んでないよ」「淋しかったんでしょう?」などなど。ここで父親が綺麗な返事をして涙を流したりすれば、映画全体が綺麗に分かりやすくまとまるのでしょうが、そうはならない。詳述は避けますが、父親の反応は、ヒロインにとっても観客にとっても、かなり厳しいもの。結局、彼の内面が明かされることは無い。

 つまり、「解決」とか「救い」とか「納得」といったものは、無い。ヒロインだけでなく、彼女が旅の途中で出会う大きな問題を抱えた主婦にも、解決や救いは訪れない。
 ‥‥こう書くと、まるですごく暗い映画のようですが、そんなことはないです。全体を通してコミカルな味付けもしてあるし、何よりも最後の最後に、ヒロインからすべての登場人物と観客に対して、ある柔らかな贈り物がありますから。

 そういえば、まだストーリーの紹介をしてなかったですね。ひとことで言うと、ロードムービーです。序盤は、まさに公開題の『あぶない美乳 悩殺ヒッチハイク』という感じ。ヒロイン・れい(みづな れい)が、ヒッチハイクしたトラックの運転手(久保田泰也)と、明るくアオカン。
 次に出会った主婦(倖田李梨)とは、孤独を分け合う美しいレズ行為を。立ち寄った居酒屋では、女将(酒井あずさ)や常連客の漁師(川瀬陽太)たちと出会い、女将とは何も無かったものの、漁師とは‥‥といった具合に、さまざまな人と出会い、セックスしたりしなかったり。テキ屋(本多菊次朗)からは印象的な言葉と、ある物をプレゼントされます。

 ところでその数々のセックス・シーン、各人物の生活や性格がよく表れていて、見応えがあります。ストーリー紹介では触れませんでしたが、女将とテキ屋の濡れ場なんて、ワケあり中年男女の色気が炸裂していて、本当に素晴らしい。
 あと、漁師が最初に自分のことを「ジェントルマン」だと言うのですが、これはあくまでも自称であって、実は‥‥ということが、セックス・シーンで表現されていたりします。
 
 これらのシーン、俳優さんたちの力量によるところも大きいですが、やはり監督の演出が上手いのでしょう。今回は全体的に、音楽の使い方やキャスティングもとてもよかった。
 鑑賞後に作品データを見て知ったのですが、(顔が映らない)父親役を実はアノ俳優さんが演じていた‥ということにも、「なるほどー」と唸りました。

 で、結論を書くと‥‥私、この映画、いいと思うし、個人的にも好きです。「解決や救いが無い」という点で評価も好みも分かれるでしょうが、私はその点こそが好きですね。
 「解決や救いは無い、それでも生きる」。私自身、ここ数年間、そういう気持ちにならざるを得ないことが多いせいか、妙に共感できます。

 最後に。佐野さんの作風が変わった、みたいなことを最初にやたら書きましたが、「変わってないなあ」と思う部分もあるんですよ。それは、原題の付け方。実に佐野さんらしい。
プロフィール

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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