『東京夜話』

1996年(2006年に改題&文庫化)  著者:いしいしんじ
発行元の公式サイト→http://www.shinchosha.co.jp/book/106925/

 またしても、いしいしんじの本です。実は前回の記事に関して、ある方から「昔、中島らも氏がいしい氏の小説(サケとマグロの恋話)を自著で取り上げていて、読んでみたいけど入手方法が不明で‥」という旨のお話を伺いまして。
 「中島らも推薦(たぶん)! サケとマグロの恋! なんか面白そう!」と気になって調べてみたところ、その小説は『とーきょー いしい あるき』という本に掲載されている『クロマグロとシロザケ』であることが判明。ただしこの『とーきょー いしい あるき』、今から13年前に東京書籍が単行本として出版し、3年前に新潮社が『東京夜話』と改題して文庫化したとのことで、私はその文庫版の方を読んでみたわけです。

 で、『クロマグロとシロザケ』。オスのクロマグロと、メスのシロザケの恋を描いた作品。素晴らしいです。私は映画や小説について語る際に、あまり「泣ける」とか「泣いた」とかいう言葉を使いたくないのですが、今回は使ってしまいます。泣きました。まさかマグロとサケの話でこうなるとは思っていなかったので、自分でもビックリです。
 しかし考えてみると、マグロとサケの話だからこそ泣いた、のかもしれません。この小説では本文の前に、クロマグロとシロザケについて、百科事典的に図入りで解説してあります。まず、この内容を頭に入れることが重要。なぜなら両者は、同じ魚といえども回遊場所など生き物としての性質が違っていて、それがストーリーに大きく関係してくるからです。

※以下の文章では、作品の結末に軽く触れています。
 
 クロマグロとシロザケの回遊場所は、ほとんど重なりません。それぞれが南の魚と北の魚であり、そこでしか生きられないのです。しかもクロマグロがずっと海で過ごすのに対し、シロザケはやがて自分の生まれた川へ帰ります。他にも産卵の仕組みなど、色々な面で違っています。
 つまり、たまたま出会った2匹が恋に落ちても、一緒に生きていくことは不可能。だから「彼」と「彼女」は別れを選ぶのですが、最後に築地の魚市場で運命的な再会を果たします。そして、「奇跡」を起こします。悲しく、激しく、エロティックな奇跡。この場面、凄いです。
 
 思うに人間同士の恋話だと、こういう悲しさにはならないんじゃないかと。もちろん人間同士の恋にも色々な障害はあって、例えば国や地域によっては異なる民族の男女が結ばれるのは非常に難しいことですが、それでも「駈け落ちしたら必ずどちらかの体が弱って死んでしまう」とか「生殖の仕組みが違う」ということは無いので、やはりクロマグロとシロザケの悲しみは独特なわけで。その独特の悲しみが、見事に小説として結晶しています。
 
 では、最後の築地の場面以外で私が好きな部分を、書き写しておきます。2匹がまだ付き合っていた頃の描写。
 【泳ぎ疲れて帰るとき、彼女はいつもぼくの胸に触れた。そして、温かいね、と言った。たしかに彼女の体は、陽の射さない海底の洞窟みたいに冷たかった。冷たい体を胸鰭で抱きしめると、彼女はぼくにぴったりと身を寄せた。今なら百匹のダイオウイカにだって勝ってみせる、と思った。】

 ところでこの『東京夜話』には、18篇の小説が掲載されています。非常に短いものもあるので、短編集というよりショートショート集といった方がいいかもしれません。どの小説も、東京の特定の地域が舞台になっています。
 例えば『クロマグロとシロザケ』は先述のように築地で、他には『ベガ星人はアップルパイが得意なの』は原宿、『すごい虎』は柴又、『アメーバ横丁の女』は上野・アメ横、『もんすら様』は巣鴨といった具合(とりあえずタイトルの面白いものを列記)。
 
 前回の『四とそれ以上の国』の記事では、「現実の四国と、小説の中のシュールな四国が絡み合って混乱」したと書きましたが、今回は、非現実的でありつつも意味や意図の分かりやすい作品が多かったので、混乱はしませんでした。単純に読みやすさで比較すると、『東京夜話』のほうが読みやすいです。あと今回、作品によっては、かなりギャグが多いです。下ネタもあり。

 ちなみに私がこの本の中で、『クロマグロ~』の次に好きなのは、新宿ゴールデン街を舞台にした『天使はジェット気流に乗って』。というか、これに出てくるダッチワイフがすごく可愛いのです。作品中にも【たぶん、男だって女だって、彼女みたいなダッチワイフにはみんな魅かれるのだと思う。】と書いてありますが、その通り。惚れました。そして、泣きました。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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