『肝、焼ける』

2005年(2009年に文庫化)  著者:朝倉かすみ
発行元の公式サイト→http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2763524

 「映画記」なのになぜか時々現れる本の話題シリーズ、です。さて私、数年前から朝倉かすみという作家が少々気になっております。作品によって、すっと受け入れられるものと、やや受け入れがたいものがあるので、特別に好きというわけではないのですが、ちょっと惹かれるというか。

 まず、言葉の使い方(言い回し)が面白い。例えば。彼女がネットで連載しているエッセイの『家電』というタイトルの回に、こんな一文があります。
 【シャワートイレなら、便座がほかほかしていて、肛門をゆすいでくれたら御の字だ】。これ、「肛門をゆすいで」ってとこが重要。肛門をゆすぐ‥‥何とも絶妙かつ笑える表現。個人的に、たいへん気に入っております。
 
 そして、この短編集『肝、焼ける』に収められた『コマドリさんのこと』の一節。ちなみにこの小説は、セックスの経験も無ければ男性との交際経験も無いまま40歳になろうとしている、駒鳥という名字の女性の半生をコミカルに描いたもの。で、そのコマドリさんが31歳の時、ミサワくんという職場の後輩男性に恋をし、彼に【セクシーを感じ】ていた頃の心情描写の一部が、これ。
 【コマドリさんはミサワくんとの性交を切実に希望した。コマドリさんは性交の実際を知らない。けれども、ミサワくんに挿入されたく思った。それは悲願といってもよかった。】
 「性交を切実に希望」。「挿入されたく思った」。「悲願といってもよかった」。ウッ‥‥笑ってしまう‥‥でも。過剰に生真面目に、過剰に折り目正しく生きてきた三十路女の、いじらしさ、のようなものも強烈に感じられます。やはり絶妙。

 ところで、この本の他の短編も、『コマドリさんのこと』のように「トウの立った処女」的な人物が主人公なのかというと、全くそうではありません。例えば表題作『肝、焼ける』の主人公は、24歳の男性と遠距離恋愛している31歳の女性。つまり彼女、コマドリさんがミサワくんとの「性交を切実に希望」していたのとちょうど同じ年齢で、年下の彼氏がいるわけです。さらに『春季カタル』という作品の主人公は、婚約者がいながら名も知らぬ男性と関係を持つ30代はじめの女性。つまり彼女、コマドリさんがミサワくんとの(以下略)。
 まあそんな感じで、実にさまざまなタイプのヒロインが登場。しかもそれだけでなく、1つの作品の中にも、さまざまなタイプの女性キャラが登場するのです。そして彼女たちが互いに反発しあったり、意外なところで共感しあったりする様子が、時にコミカルに、時に繊細に描かれています。
 
 例えば『コマドリさんのこと』での(こればっかりですいません、でもこの作品ホントに面白いと思うので)、コマドリさんと妹とのやり取り。妹は姉とは対照的な性格で色恋沙汰も多く、といっても姉妹の仲が悪いわけではないのですが、やはり衝突することもあり、そのあたりの描写がなかなか味わい深いのです。
 特に、不倫相手と結婚したがる妹に対し、コマドリさんがガチガチの正論で説教して口論となり、妹がコマドリさんを「乙女と年増が一番どんくさい配合でミックスされてる」と評するくだりとか、最高。ここでは、「正しさ」に唯一絶対の価値を置く姉とそうでない妹、それぞれのモノの考え方・感じ方が生き生きと伝わってきます。
 またこの小説には、コマドリさんの女友達や知人女性が何人も登場。彼女たちがまた、細かく面白く描き分けられているのですよ。

 私は以前、映画を作る側の方々に向けて、“「女を描く」よりも「女を描き分ける」ことを重視してほしい”というような文章を書きましたが、あの文章に何がしかの興味を持ってくださった方には、この本(特に『コマドリさんのこと』)をオススメしたいです。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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