『レスラー』

2008年 アメリカ・フランス 監督:ダーレン・アロノフスキー 脚本:ロバート・シーゲル 出演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッド
上映中  公式サイト→http://www.wrestler.jp/

 数日前に、日比谷のTOHOシネマズ シャンテにて鑑賞。今回の文章は最初のうちから作品の終盤に触れているので、ネタばれOKの方のみ、お読みください。

 この映画のストーリーを短く要約すると、以下のようになります。「落ち目の中年レスラーが心臓発作をキッカケに引退するが、それを撤回して再びリングに上がる」。
 しかし、これでは不充分。不正確ではないけれど、大事な部分が抜けているのです。それは、動機。主人公はなぜ再びリングに上がったのか。その内実によって、映画全体の印象はかなり変わってくるはず。
 
 例えば、「死を覚悟してでも自らの限界に挑戦したくて」といったチャレンジ精神のようなものが動機であれば、この映画はもう少し明るいものになっていたでしょう。まあ、そういうチャレンジ精神も皆無とは言い切れないのですが、やはりそれよりも、「他に居場所が無いから」という動機がいちばん強いように感じられるのです。そしてその点が、興味深い。

 主人公のランディ(ミッキー・ローク)は、既に色々なものを失っています。かつての栄光、金、名声、頑丈な肉体。そして、長く続けてきたレスラーという仕事も失うことに。
 さらに、思いを寄せる女性・キャシディ(マリサ・トメイ)と親密になりかけたものの、交際を断られ。また、疎遠だった娘のステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)と和解したものの、自分のだらしなさによって結局は絶縁状態に。ついには、勤務先のスーパーで店長や客の態度にブチ切れ、せっかく就いた新しい仕事も辞めてしまいます。
 
 とりわけ娘との関係において、彼は相当のダメ人間。いくらキャシディにつれなくされてショックだったとはいえ、行きずりのどうでもいいようなネエチャン(やたらデカい声で悶える)と一夜を共にし、大事な娘との約束をすっぽかしてしまうのですから。
 
 ただランディは、すべての人間関係に失敗しているわけではありません。というのも彼、レスラー仲間との関係はきわめて良好。同世代からも若手からも、信頼されているのです。 
 おそらく仲間に対しては、裏切ったり(精神的に)傷つけたりするようなことを、一切していないのでしょう。これって、自分と同じ世界の人とはうまく付き合えるけれどそれ以外の人とはダメ、ということなのかも。いずれにせよ、彼は根本的にリングの中でしかうまく生きられない。

 ラスト近く、再びリングに上がる直前のランディが、こんなことを言います。「痛いのは外の現実の方だ」。リングの中での肉体的な苦痛よりも、現実世界での精神的な苦痛の方が耐え難い、ということ。そして当然、この時の彼の健康状態からすると、「リングの中での肉体的な苦痛」は「死」につながる可能性も高いわけで。
 つまり彼は、「現実」よりも「死に向かう肉体の苦痛」を選んだ。これは悲劇であると同時に、甘美な頽廃だと思います。
 
 この映画の長所のひとつは、上記のような内容と主演俳優の持ち味が合っていること。ミッキー・ロークは、若手の人気スターとして活躍していた頃から、既に頽廃的な雰囲気を漂わせていました。
 彼の昔の主演作でまずパッと浮かぶのは、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』『エンゼル・ハート』『ナインハーフ』あたりですが、どの作品でも彼のヌメッとした感じ、湿り気のある破滅的な佇まいが基調になっていたような気がします。もちろん今の彼は、当時と比べて顔も体型も変わってしまいましたが、それでも本質的な頽廃のムードは不変で、むしろ磨きがかかっているのかも。

 ちなみに私は、ミッキー・ロークのファンだった過去も無いし、彼自身に特別な思い入れはありません。ただ、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』はかなり好きな映画です(マイケル・チミノ、最近どうしてるんだ?)。
 そういえば『ローグ アサシン』の記事でも、ジョン・ローンに絡めて『イヤー・オブ~』にチラッと触れたなあ。そのうちDVDで観直してみようか‥‥でもあの映画は、なるべくならデカいスクリーンで観たい。なにしろ初めて観たのが、今は無き渋谷パンテオンだったし。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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