オヤジが歌う女心

 まだ微熱が続いていてちょっとダルいので、小ネタを。さて私は昔の歌謡曲が少しばかり好きで、時々その手のCDを聴いたりしています。ついひと月ほど前にも、作曲家・筒美京平の作品集を久しぶりに引っ張り出して聴きました。というわけで、筒美氏も深く関わっていた80年代アイドル歌謡について書いてみようか‥と思ったのですが、今回は演歌やムード歌謡に関して、以前からちょいと気になっていることを記しておきます。

 前の記事で、自分が子供の頃に大型客船が定員オーバーで航行していたことを、書きました。私が子供の頃とは、すなわち昭和40年代~50年代半ば。あの頃を振り返って、人はよく「夢があった」「人情があった」というようなことを言います。別にそれらを否定する気は無いのですが、私の実感として、当時は「(例の客船のような)ワイルドな状況が多かった」、さらに「不思議なものが流行っていた」ということを強調しておきたい!
 その「不思議なもの」の代表格は、「男くさい男が女心を歌う」タイプの歌謡曲。例えば、ぴんから兄弟の『女のみち』とか、殿さまキングスの『なみだの操』とか、中条きよしの『うそ』とか。
 
 これらの曲の歌詞は、いずれも女性の視点で恋愛における女心を綴ったもので、しかも「捨てられた」「騙された」系の内容が多いです。歌詞の一部を書き出してみると、「♪うぶな私が いけないの」(『女のみち』)、「♪お別れするより死にたいわ」(『なみだの操』)、「♪誰かいい女(ひと)できたのね」(『うそ』)‥‥。
 
 こういう歌詞を、いわゆるオネエキャラではなく、それなりに男くさい男性歌手が歌っていたんですからねえ。特に、ぴんから兄弟のボーカルの宮史郎なんて(わりと助平そうな)チョビ髭オヤジだし、中条きよしは絵に描いたような色男だし。そういう、むしろ女を捨てたり騙したりしそうな外見の男性が、女心を切々と歌い上げ、それが大ヒットして、子供からお年寄りまで幅広く親しまれていたわけで。
 や、当時は何とも思ってなかったんですけどね。今考えると、なかなか凄い現象だったなあ、と。こういう曲は、今でも演歌やムード歌謡の世界で作られているのだと思いますが、一般的に大ヒットすることは、しばらくの間は無いでしょう(遠い未来には、どうなるか分からない)。

 ちなみに、この手の曲を現代的かつ複雑に発展させたのが、クレイジーケンバンドwithライムスターの『夜のヴィブラート』だと思います。ここでは、男女ツインボーカルが「女心」を、2人の男性ラッパーが「その相手の男の心」を歌っています。
 夜のカラオケスナックを舞台にした曲で、「女心」側の歌詞がひたすら色恋を語っているのに対し、「男心」側の歌詞はカラオケ自慢に終始しているところが、何だか面白い。もちろん曲の構成自体、既に面白いわけですが。

 ところで、この「オヤジが女心を歌う」という伝統文化(?)は、外国にもあるんでしょうか? そういうことについて詳しく述べてある本などがあれば、読んでみたいなあ。
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サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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