『河よりも長くゆるやかに』

1983~1985年 著者:吉田秋生

 たまにはマンガや小説についても書いていきたいと思います。
 今月の初めに作詞家の阿久悠さんが亡くなった頃、テレビで氏の追悼番組をチラチラ見ていると、北原ミレイさんの歌う姿が目に留まりました。曲は『ざんげの値打ちもない』。この歌を聴いて、久しぶりに『河よりも長くゆるやかに』を読み直したくなりました。
 というのも、このマンガは1話ごとにタイトルがついていて、その中に「愛というのじゃないけれど」(『ざんげ‥』のサビの部分の歌詞)というのがあるのです。また、単にタイトルに使われているだけではなく、作品中で主人公が何度もこの歌を口ずさみます。
 
 吉田秋生のマンガはいくつか映画化されていて、特に有名なのはやはり『櫻の園』でしょうか。原作も映画も女子高を舞台にした作品で、少女がたくさん登場します。
 で、この『河よりも‥』は男子校が舞台になっていて、非常に男くさ~いマンガです。かわいい美少年ではなく、食欲と性欲の塊のような男子が大量に登場するのです。そのせいかどうかは知りませんが、今のところ映画化されていません。
 
 基地の街・福生で、そこそこ名門の男子校に通う季邦(としくに)と深雪(みゆき)。姉と2人暮らしの季邦は寝る間も惜しんで数々のバイトをこなし、サラ金社長の息子である深雪は豪邸に住んでいます。この一見対照的な2人の友情と彼らを取り巻く人間模様が、時にシリアスに、時にコミカルに描かれます。
 
 吉田マンガには、子供時代に心に傷を負った人物がよく出てきます。『カリフォルニア物語』のヒースとイーヴ、『吉祥天女』の小夜子、『BANANA FISH』のアッシュ、『LOVERS KISS』の里伽子と朋章などなど。
 そしてこの作品も例外ではありません。季邦の家庭は、彼が中学生の時に父親が愛人と駆け落ちし、すぐに母親が亡くなり、姉は成績優秀だったのに大学進学をやめて水商売の世界に入りました。深雪の父親は悪徳高利貸しで大勢の人から恨まれており、そのせいで深雪は幼い頃に何度も誘拐されかけたり、殺されかけたりしました。また彼は、出生にまつわる悲しい秘密も抱えています。
 
 そんな彼らですが、自らのそうした事情を真摯に受け止めつつも、必要以上に感傷的になることはありません。自分の傷を前面に押し出したりはしません。他人を羨んだりもしません。精神的に、非常に大人なんですよね。

 そして吉田マンガのもう一つの特徴(だと私が勝手に思っていること)は、「立場の全く異なる対照的な人物が出てきて、その両方の心情が描かれる」ということです。例えば『カリフォルニア物語』では「優秀な兄と出来の悪い弟」、『ラヴァーズ・キス』では「性的に奔放な姉と処女の妹」が登場。で、普通はこの手の設定だと、映画『エデンの東』がそうであるように、弟や妹の方に寄り添う形で展開していく場合が多いのですが、吉田マンガでは、一見コンプレックスとは無縁な兄や姉の方もきちんと描かれ、彼らには彼らなりの苦悩があることが示されます。
  
 この『河よりも‥』の場合、まず経済面で対照的な季邦と深雪の2人ともがしっかりと描かれているわけですが、さらに高利貸しの息子である深雪と、その取り立てを苦に自殺した父親を持つ磯村という、加害者側と被害者側の人間が登場します。
 教育実習生の磯村は、深雪が例の高利貸しの息子であることを知って、彼に辛く当たります。理由を知った深雪は納得しつつも、磯村に向かって「おれはギャンブルに金つぎこんで首つったやつになんか同情しないぞォ!」と叫びます。「なにぃ」と怒る磯村、しかし彼は後になって深雪に意外な言葉を返してきます。これで2人が和解したわけではないし、彼らは永遠に異なる立場のまま生きていくわけですが、それでも少しばかりお互いの事情や気持ちに配慮し合った、その瞬間が描かれているところが私はとても好きです。

 なぜか最後になってしまいましたが、私、そもそも吉田秋生の絵が好きなんですよ。特にこの作品の頃は、人体に骨格・筋肉・脂肪がガッチリ感じられる絵で、それが内容(男子高校生の妙なエネルギーとか)と相まって、何とも言えず素晴らしいです。
 そういえばこの作品、ほとんどは『プチフラワー』という少女マンガ雑誌に連載されていたのですが、なぜか1話だけは『JUNE』というホモ耽美雑誌(?)に載っていました。何となく分かるような気もしますね。
 というわけで、『狂った舞踏会』→『テオレマ』→『河よりも長くゆるやかに』と、3回連続のゲイネタでした。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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