『人魚伝説』

1984年 日本 監督:池田敏春 脚本:西岡琢也 出演:白都真理、江藤潤、清水健太郎、青木義朗、宮下順子、関弘子、宮口精二

 1週間ほど前に、渋谷のシネマヴェーラにて鑑賞。
 今回の『人魚伝説』の上映は、「妄執、異形の人々V」という特集の中の1本として、かなり前から決まっていたものなのですが、上映直前に池田敏春監督の訃報が入り、結果的には追悼上映のような形になりました。しかも池田監督は、この映画のロケ地(伊勢志摩)の海で自ら命を絶ったとのことで、複雑な思いを抱きながら鑑賞した人も多かったはず。私もそのひとりです。
 そして私の場合、前の記事で述べたように、ほんの少しですが監督と接点があったためか、観終わったあと、何かズシリと重いものを投げつけられたような感触が残りました。

 しかしそのような感触が残った最大の原因は、監督の死にまつわる現実のあれこれよりも、やはりこの映画が持つ不気味なまでのパワー、これにつきるでしょう。
 原発誘致派の権力者たちに夫を殺された海女が復讐を決意し‥‥というストーリー自体は「社会派人間ドラマ」風で、もちろんそういう要素が軸になってはいるものの、映画自体の(特に中盤以降の)印象は、「血まみれスプラッター・アクション」。とにかく血糊の量とヒロインの運動量が凄まじい。ちょっとやり過ぎじゃないか、と思うくらいで、観ていて圧倒されるとともに、唖然とする瞬間さえあります。

 「社会派人間ドラマ」風な題材である以上、もっと観念的あるいは思想的な表現も可能なわけですが、『人魚伝説』の場合、なんというか‥‥観念よりも情念、思想よりも疾走。って、ダジャレみたいな言葉ですね。でも真面目にそう思います。
 あの中盤での全裸格闘殺人シーンや、クライマックスでの鬼気迫る大殺戮シーンを、頭の中で再上映しているうちに、そんな言葉が湧いてきました。

 ちなみにこの映画、たしかにスプラッター的な描写が強烈なのですが、それだけが観どころというわけではありません。例えば、ヒロインの逃亡先である渡鹿野島の風景。この島の独特の歴史を物語る、朽ちた大型船が映り込んでいるショットなど、非常に印象的です。

 実は私、この映画は今まで、ビデオでしか観たことがありませんでした。その時の印象では、中盤の全裸格闘殺人が特に強烈で。しかしこうやってスクリーンで観ると、クライマックスの大殺戮や渡鹿野島の風景も、同じかそれ以上に強烈。
 これはモニターとスクリーンの違いなのか、それとも私の映画の見方が変わったのか。たぶん両方でしょう。そしてさらに、何だかんだ言っても「現実のあれこれ」と映画を重ねて観てしまったことも、関係しているような。というのも、全裸格闘は室内シーンですが、大殺戮と渡鹿野島は屋外シーン。伊勢志摩の風景や雰囲気が映っている画の方が、今回は沁みました。監督の死を思って。

 やはり今しばらくは、ちゃんとした評や感想を書くのは無理なようで。今回の記事は、「報告」ということにしておきます。
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サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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