甘いもんの甘さを控えて、どうするんぞ!

 今回のタイトルは、かつて「甘さ控えめ」を謳ったお菓子が世間に出回り始めた頃に、私の祖父が放ったツッコミの言葉です。何だか最近、この言葉をよく思い出すのです。あまりにも味の薄い饅頭などに遭遇したときはもちろん、食べ物と関係ない局面でも。
 
 私はブログを始めてから観た映画について全て書いているかというと、そうではありません。「観たけど書いてない映画」が既に何本かあります。基本的に「こびりつき映画」しか記録しないことにしているので、こういう現象が起こります。「こびりつき映画」の定義については、過去記事『ヴァイブレータ』の最初の段落をお読みください。
 
 さて私は2週間ほど前、ある新作の邦画を観ました。丁寧な作りの映画でそれなりに面白く観たのですが、何日か経つと、自分の中ですっかり印象が薄くなっているのです。よって「こびりつき映画」には分類できないので、作品自体は取り上げないことにしました。
 そしてなぜ印象が薄いのか、理由を考えてみました。恐らく、題材やストーリーがドロドロした性質のものなのに、演出や演技が妙にアッサリしていたからでしょう。濃さや激しさが要求される場面でも、サラッと口当たりよく、流れるように展開してしまうのです。
 
 いつの頃からか、邦画はそういう作品が多くなったように思います。当然これは作る側の問題だけでなく、観る側がそういうものを好むようになったという要因が大きいでしょう。
 この文章のタイトルとして何故ああいう祖父の言葉を使ったのか、説明しなくても分かっていただけると思うので、あえて書きません。

 ちなみに「ある新作の邦画」というのは、もうバレているような気がするので明かしますが、中田秀夫監督の『怪談』です。というわけで、この映画についてもう少し私の意見を書いておきます。
 恐怖や性愛の描写はもちろんですが、女たちが主人公の男に惚れていくときの描写も、もっと濃く激しくして欲しかったです。それこそ先日記事に書いた『テオレマ』のように、彼がそこに居るだけで女たちが異様な行動に出る‥‥というのは、どうでしょうか。
 リアリティが無い、と言われるかもしれませんが、そもそも『怪談』の題材である「呪い」や「祟り」自体がリアリティとは別次元のものなのですから、惚れていく姿は惨劇の予兆として強烈に打ち出してもいいのではないかと。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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