『童貞。をプロデュース』

2006~2007年 日本  構成・編集・プロデュース:松江哲明  出演:加賀賢三、梅澤嘉朗、加賀くんの友人たち、梅澤家の人々、カンパニー松尾、峯田和伸

 2年にわたって第1部→第2部の順に制作されたドキュメンタリー映画です。構成・編集・プロデュースの松江哲明氏は、ドキュメンタリー映画の他にAVの監督も務めるなど多方面で活躍している方。今年で30歳だそうです。なお彼は今回、資料によって「監督」とクレジットされている場合と、そうでない場合があるので、念のためこの記事中でも「松江監督」ではなく「松江氏」という表記を使っておきます。
 
 さてこの映画はタイトル通り、童貞くんをプロデュースするという内容。ただし第1部と第2部では、「プロデュース」の意味や方向性がかなり変化しています。私が思うに、第2部では松江氏の方が童貞くんにプロデュースされているような。
 
 第1部の主人公である加賀くんは、自転車メッセンジャーのバイトをしている23歳の青年。少し前まで半引きこもり状態だった上に、片思いの女性・まさみさん(仮名)に告白する度胸もない内気な性格‥‥かと思いきや、AV業界で働く松江氏の前で「AVの仕事は汚い職業」と発言するなど、やや傲慢な面もあります。松江氏は加賀くんをAVの撮影現場に連れて行き、スパルタ方式で女性に慣れさせようとするのですが‥‥。
 
 第2部の主人公である梅澤くんは、ゴミ処理業の会社でバイトしている24歳の青年。東秩父村の実家で両親や弟夫婦と同居しています。自室で大量の本やビデオに囲まれ、グラビアの切り抜きスクラップに精を出す彼の「尊敬する人物」は、特殊マンガ家の根本敬。
 そして憧れの女性は、80年代アイドルの島田奈美。彼女はとっくの昔に引退して、本名の「島田奈央子」名義で音楽ライターをしているというのに、彼は今の時代に「島田奈美」に捧げる自主映画まで作っているのです。松江氏は、その映画『独立宣言』を島田奈央子さんに観せようとするのですが‥‥。
 
 このように、加賀くんに対するプロデュースは、ストレートに童貞脱出へ導く(女体や性行為に近づける)類のものなのに、梅澤くんに対するプロデュースは、そうではないのです。「遠い存在である憧れの女性に、自分の思いを伝えさせる」という作業ですからね。
 しかも厳密に言うと、相手は「憧れの女性」ではないのです。梅澤くんが憧れているのはあくまでも「アイドルの島田奈美」であって、島田奈央子さんではない。つまり「憧れの女性の分身(?)に思いを伝えさせる」という、何だか訳の分からないことになっているのです。いずれにせよ、童貞脱出とはあまり関係ない次元に突入していますね。
 なぜこういう展開になったのか。それは知らず知らずのうちに、松江氏が梅澤くんに引っ張られたからだと思います。そしてそこには、加賀くんと梅澤くんのキャラクターの違いが大きく関係していそうです。
 
 加賀くんは、「思い出ねつ造ノート」(“自分は女の子にモテていた”という嘘の思い出を表現したノート)を作るなど奇行も多いのですが、それでもかなり今どきの普通の青年です。まず容姿。そうですね、スガ シカオを若くしたような感じです。美形ではないけど撮り方によってはオシャレっぽく見える、みたいな。髪型・服装・眼鏡などのファッションもわりと今風です。
 あとやはり、昔のアイドルとかではなく身近な女性に恋しているというところが普通です。
 
 そして梅澤くん。彼は容姿からして、かなり独特です。顔立ちや表情が妖怪っぽい‥‥(ごめんなさい! でもこれ褒めてるんですよ)。しかも彼、映画の中で自分の髪を切るのですが、その切り方がとてつもなく雑で、仕上がった髪型がまあ滅茶苦茶というか前衛的というか。こういう髪形で生活できること自体、人間離れしていると思います。
 また彼は、ゴミ処理の仕事を真面目にこなすと同時に、ゴミの中からまだ使えそうな物を漁って活用し、そういう作業を通じて感得した独自の哲学をネット上に書き綴ったりしています。何だか仙人みたいです(実は映画の中で、彼の過去のエロ系エピソードが1つ明かされるのですが、本物の仙人ではなく若い男子なので大目に見てあげましょう)。
 ちなみに梅澤くんも以前は身近に好きな女性が居て(フラれた)、その女性と久しぶりに会ったりもするのですが、あまり執着はない模様。やはり島田奈美の方が断然いいみたいです。 
 
 第1部に「昔の自分を見ているようで‥」という字幕が出ることからも分かるように、たぶん加賀くんはいろんな意味で、童貞時代の松江氏と似ているのでしょう。
 例えば加賀くんは“♪君の穴という穴すべてを僕のペ○スで塞ぎたい~”と、自作の『穴奴隷』なる歌を熱唱するのですが、まあその歌自体はさておき、そこに込められた「彼女とセックスしたい=童貞を脱出したい」という気持ちは、当時の松江氏も同じだったのでしょう。だからこそ松江氏は、加賀くんをコントロール下に置くことが出来たのだと思います。
 
 しかし梅澤くんはいろんな意味で童貞時代の松江氏とは違っていて、松江氏は内心たじろいだのではないでしょうか。「俺の理解を超えている!」という感じで。そもそも梅澤くん、別に「童貞を脱出したい」なんて思ってないみたいだし。加賀くんの場合は「モテたい」「ヤリたい」という欲望が自作のノートや歌に滲み出ていますが、梅澤くんの場合はそういうのも無いですし。
 
 そうそう、さっき「仙人」と書きましたが、彼の住んでいる埼玉の東秩父村って、ものすごい山奥なんですよ。村全体の様子は分かりませんが、少なくとも梅澤家の周囲には本当に何も無いんです。そして梅澤家自体も、最近めっきり見かけなくなった昔風の造りの家で。とにかくこの村や家を撮った映像はインパクト大です。
 松江氏は(彼自身のブログによると)東京の武蔵野市で育ったそうで、つまり童貞期をかなりの都会で過ごした彼は、梅澤くんの居住環境にもタジタジだったのでは? そして気づいたら、童貞脱出とは関係ない展開になっていた、と。
 未見の方のために詳述は避けますが、作品の終盤では更にその傾向が強まっていたような気がします。ちなみに終盤での梅澤くんは、すごく幸せそうでした。
 
 童貞をプロデュースするつもりがプロデュースされちゃった、という現象。童貞に対して(あるいは他者に対して)やや固定観念を持っていた松江氏は、梅澤くんの仙人パワーで枠が広がったのではないでしょうか。「負うた子に教えられる」とは、こういうことです。多分。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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