『にっぽん’69 セックス猟奇地帯』

1969年 日本 監督・構成:中島貞夫 構成:竹中労 ナレーション:西村晃
 
 数年前に池袋の新文芸坐でリバイバルされた際に見逃してしまい、先日シネマヴェーラにて鑑賞。ちなみにこの映画、エログロ風のタイトルが付いていますが、そっち方面だけでなく、当時のさまざまな社会現象に取材したドキュメンタリーです。
 登場するのは、新宿フーテン族、学生運動、花園神社での「状況劇場」赤テント公演、美容整形の手術現場、乱交パーティー、前衛ハプニング集団「ゼロ次元」のパフォーマンス、ブルーフィルムの撮影隊、マゾヒスト、旧赤線地帯・飛田の街並み、トルコ風呂、ヌード・スタジオ、ストリップ、沖縄の米軍基地と歓楽街などなど。

 とにかく当時の文化・風俗・流行を無造作に詰め込んだような作品です。途中まで取材する側の人間は画面に一切登場しないのに、最後の沖縄編だけ、唐十郎氏がリポーター(旅人?)として登場。何だかこの部分だけ「唐十郎・心の旅」みたいになっていて、映画の構成としてはちょっと変なのですが、この変さや「なんでもアリ」な感覚も、当時の世相の反映なのかもしれません。

 ところで私はこの映画を観たとき、「完全なドキュメンタリーではなく、部分的には俳優さんを使って仕込み撮影したのでは?」と思いました。
 例えばブルーフィルムの撮影隊の様子を撮ったというシーンで、フィルムに出演する女性の、いかにも訳あり風で哀しげな姿(お酒をガブ飲みしてから撮影に臨み、終了後フラフラな足取りで去って行く)が映っていて、これなどはあまりにも劇的というか、当時のある種の女性(事情があって仕方なくアングラな裸仕事をしている)を象徴しすぎているような気がして、かなり疑ってしまったのです。
 
 しかし中島貞夫監督のインタビュー本『遊撃の美学』によると、この映画は「ただ事実だけを追う」というコンセプトで撮影に1年も費やしたそうで、仕込みなどは無かった模様。先述の女性に関しても、撮っていたらたまたまそういう姿に遭遇して色んなことを感じた‥‥という旨の発言がありました。
 つまり、ブルーフィルムなどの出演者には「泥酔でもしないと、こんなこと出来ない」という女性が多かったのでしょうか。それとも中島監督には、劇的な瞬間をつかまえる特殊な力があるのでしょうか。おそらくその両方が結びついて生まれた場面なのでしょう。

 それにしても私、この文章で「当時」「当時」と書きまくっていますが、「じゃあ当時を知っているのか?」と問われると‥‥「“知っている”とまでは言えないが、一応その頃の空気は吸っている」という曖昧な答えになります。
 ついでに場所的な話をすると、私は(飛田ではないけれど)旧赤線地帯の近くで生まれ育ちました。だから、この映画に出てくる「遊郭街の面影を残す町並み」や「売春防止法以降に増殖した色々な性産業」には、ある意味とても馴染みがあります。
 子供の頃、トルコ風呂やら何やら近所にたくさんあったので、学校や友達の家への行き帰り、エロいことが書いてある看板やポスターを眺めながら歩いたものです。私が今こうして平気でエログロなタイトルの映画を観に行けるのも、当時の積み重ね(?)があるからかも知れません。

 最後に、ちょっと気になったことを。ヌード・スタジオのシーンで、裸の女性が客の男性に向かって「ここが芝公園、ここが東京ガス」などと自分の局部のあたりを地図に見立てて指さしている様子が映っていますけど、こういうのって、つげ義春のマンガ『やなぎ屋主人』にも出てきますよね。
 映画の封切が1969年(撮影は68年)、『やなぎ屋主人』が発表されたのは1970年。この頃のヌード・スタジオでは、地図に見立てるのが一種の決まり文句みたいになっていたのでしょうか? ご存知の方は教えてください。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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