『無垢の祈り』

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2015年  監督・脚本:亀井亨  出演:福田美姫、BBゴロー、下村愛、サコイ、綾乃テン、奈良聡美、YOSHIHIRO、幸将司、高井理江、シゲル、三木くるみ、河嶋遙伽、平山夢明

■渋谷アップリンクにて上映延長中、宮崎シネマ館にて11月14~18日再上映
■シネマスコーレ(名古屋)にて2017年1月上映予定、松本CINEMAセレクトにて2017年2月上映予定、京都みなみ会館にて2017年上映予定
公式サイト→http://innocentprayer.s2.weblife.me/


先週、渋谷アップリンクにて鑑賞。
この映画について、原作者で出演もしている平山夢明が、初号試写を観てこう言ったそうだ。
「もう少し手加減しないと、観て死ぬ人が出るなと思った」。

なるほど、主人公の10歳の少女・フミ(福田美姫)は、学校ではいじめられ、通学路では小児性愛者に狙われ、家では義父(BBゴロー)と実母(下村愛)に虐待されている。
暗く辛いストーリーだ。
しかも、フミが会いたいと願うのは連続殺人犯で、その彼のグロテスクな犯行シーンもある。
また、直接的な描写ではないが、義父による性的虐待のシーンもある。
観て強い衝撃を受ける人がいても、まったく不思議ではない。

しかし私の場合、ある程度内容を知ったうえで観に行ったせいか、それほど凄い衝撃‥というのは無かった。
(ただラストで、タイトルの「無垢の祈り」の本当の意味が分かったときは、衝撃というよりも、ひどく悲しくて泣きそうになった。)

さらに言えば、この映画、たしかに観て辛くなる要素は多いものの、意外に(?)観やすくするための工夫もされていると思う。

例えば、先に述べた「学校でのいじめ」は、直接的には描かれない。
(もし、学校で同級生に嫌なことをされている描写などがあったら、この映画全体がもっと息苦しいものになっていたはず。)
そして、フミがひとりで自転車を走らせるシーンが多く、これが何だか開放的というか、観ていて少しホッとする。

また、フミは川崎あたりに住んでいるという設定らしく、川崎の工業地帯がたびたび映し出されるのだが、その夜景がとても幻想的で美しい。
児童虐待など現実的な内容の映画なのに、この夜景カットのおかげで、ダーク・ファンタジーのような雰囲気も生まれている。

ダーク・ファンタジーといえば、先述した「性的虐待の直接的でない描写」、これもやや幻想的か。
ただこの描写は、非常に辛い体験をした人が陥る、ある特殊な心理状態のメタファーとも受け取れるので、安易に「幻想的」などと言ってはいけないのかもしれない。

そう、やっぱり重い映画であることは確かだ。
性的虐待や暴力だけでなく、精神的な虐待も描かれていて、こちらはかなりリアルに表現されている。
例えば、義父がフミに延々と奇妙な説教をするシーン。
おかしな理屈で偉そうに喋りつづけるわけだが、こういう、相手をやたら支配したがる、支配欲の異様に強い人のイヤ~な感じが、よく出ていた。

というわけで、いろいろと見応えのある映画だった。
しかし、ひとつだけ気になったことがある。
主演の福田美姫ちゃんは撮影当時9歳だったそうだが、わずか9歳の少女に、芝居とはいえこういう状況を経験させていいのか? ということ。
どうか美姫ちゃんが今後生きていくうえで、この映画にまつわる思い出が、何かの糧になりますように。

最後に、イラストについて。
劇中のフミは前髪が長く常に顔が隠れ気味で、つまり、美姫ちゃんの顔がよく分からず‥。
場面写真を参考にしつつも、かなり自分のイメージで描いてしまった。
たぶん、似てない‥。


   ◆◆◆◆◆ 追記(11月17日) ◆◆◆◆◆

(最初に記事をアップした時、本当は他にも書きたいことがあったのですが、内容が主観的・個人的すぎると思い、やめました。でも日が経つにつれ、やっぱり書きたくなったので、書いておきます。)

『無垢の祈り』を観た時、さほど強い衝撃を受けなかったのは、先日書いたような理由によるものだが、実はもうひとつ、非常に主観的な理由があった。
それは、「安らぎを感じたから」。
私はこの映画に対して、奇妙な安らぎのようなものを感じたのだ。
特にラスト。
「ひどく悲しくて泣きそうになった」のは事実だが、それと同時に、なぜか安らぎのようなものも感じた。

主人公フミは、義父だけでなく実母にも(おそらく)絶望し、フミの悲痛な「祈り」と「叫び」で映画は終わる。
それを観ていて、悲しいと同時に、「ああ、絶望してもいいんだ」と思った。
この「絶望してもいい」という感覚が、私にとっては、ある種の安らぎなのかもしれない。

私自身は、フミのような過酷な環境で育ったわけではない。
現実にフミのような人はたくさんいて、その人たちに比べれば、はるかに恵まれた環境だったと思う。
しかし、どうしても受け入れがたいことがあり、10歳かそこらで、父親と良好な関係を築くことを諦めた。
絶望というほど激しいものではなかったが、それに近い気持ちも少しはあったかもしれない。

そういえば、今ふと気づいたのだが。
昔から、子どもを主人公にした作品で、私が惹かれるものは、たいてい「10歳かそこらの子どもが親と決別する(せざるをえない)」という内容だ。
例えば萩尾望都の『訪問者』とか、ダルデンヌ兄弟の『イゴールの約束』とか。
そして今回、『無垢の祈り』が加わった。

『無垢の祈り』の場合、「親と決別」という内容ではないのかもしれない。
客観的に見れば、違うのかもしれない。
しかし私の勝手な解釈では、あれは、「実母と決別する話」だ。
原作小説よりも映画のほうが、さらにその色が濃くなっていると思う。


それと、もうひとつ。
私は先日、「わずか9歳の子どもに、芝居とはいえこういう経験をさせていいのか?」と書いた。
この思いは、今も変わらない。
そして、この思いは、一般的なモラルや倫理とは関係ない。個人的なものだ。

私の場合、さほど大したことでもないのに、10歳頃のその経験が、成人後の自分に微妙に悪影響を与えていて、未だに完全には克服できてない。
だから、いくら芝居であっても、9歳で強烈な経験をしてしまうとどうなるのだろう‥‥と、ちょっと心配になってしまうのだ。

もちろん、監督はじめスタッフ・キャストの皆さんが、撮影時には充分配慮をされただろうし、その後もケアをされているはずなので、余計な心配だとは思う。
というか、余計な心配であってほしい。

結局、この映画にはとても惹かれるけれど、同時に少し疑問も感じる。
かなり矛盾した話だが、これが私の正直な感想だ。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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