『ヴァージン・スーサイズ』

1999年 アメリカ 監督・脚本:ソフィア・コッポラ 出演:キルスティン・ダンスト、ハンナ・ホール、ジェームズ・ウッズ、キャスリーン・ターナー、ジョシュ・ハートネット

 シネマヴェーラ渋谷の特集上映「子供たちの時間」にて鑑賞。ソフィア・コッポラの監督デビュー作。一般的にかなり有名な映画だし、すでにタイトルからしてネタばれ気味なので、今回はストーリーの結末まで書きます。
 
 70年代、アメリカ郊外。リズボン家の5人姉妹は、真面目な数学教師の父とやや過保護な母のもと、平穏な生活を送っていました。近隣の少年たちは、長い金髪をなびかせる10代半ばの彼女たちに夢中です。
 しかしある日、末娘のセシリアが自殺。そして悲しみに沈む一家が少しずつ明るさを取り戻した頃、四女のラックスがボーイフレンドのトリップと外泊するという「事件」が起こります。激怒した母親は、姉妹全員を自宅に監禁。学校にさえ行かせてもらえない彼女たちは、電話などを使って密かに少年たちと交流を深めますが、やがて姉妹全員が自ら死を選びます。

 全体的にサラッとした淡い感じの映画。自殺や遺体の描写にも、あまり悲惨さはありません。終盤で父親が、母親による娘の監禁を批判することもできず、かといって娘たちと話し合うこともできず、苦悩のためか精神に異常をきたしていくのですが、このあたりの描写にも激しさはなく、非常に淡々と描かれています。
 また時折、現在の(歳をとった)トリップがラックスとの思い出を語るシーンが挿入されていて、途中まで彼がどういう状況で語っているのか全く分からないのですが、最後の方で簡潔にそれが示され、同時に、現在の彼があまり幸福ではないことが、うっすらと観客に伝わってくる仕掛けになっています。これらのさりげない描写、どれも巧いです。 
 
 さらに全編を通じて、音楽(特に昔のポップス)の使い方も巧いし、美術も凝っているし、いろんな意味で監督のセンスの良さを感じます。しかし。これは好みの問題もあるのでしょうが、自殺という重い題材を扱った作品として、この映画は洗練されすぎていると思います。淀みがなさすぎるというか。
 別の観点から言うと、こういう資質の監督は、楽しい題材の方が合っているのではないでしょうか。ソフィア・コッポラはその後『ロスト・イン・トランスレーション』と『マリー・アントワネット』を撮りましたが、いつか最高にハッピーなラブ・コメディなどにも挑戦してほしいです。

 ところでこの映画では、自殺の動機はハッキリとは描かれません。ただ、「少女たちに世界の広さや多様さを教えてくれる大人が1人も居なかった」という点が、カギになっているような気がします。もともと姉妹には、両親以外に親しくしている大人は全く居ないようだったし、肝心の両親は、神経質だったり過保護だったり。
 
 興味深いのは、この点が監督の育った環境とは逆だということ。周知の事実ですが改めて書くと、ソフィア・コッポラは、『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』で有名なフランシス・F・コッポラ監督の娘(しかも幼い頃から、父親の映画の海外ロケなどに同行していたとか)。
 つまり彼女は、極端に個性的でクリエイティブな大人たちに囲まれ、広い世界を見ながら育ったわけです。そんな彼女が、「子供の視野を広げられない大人」と「そんな大人に囲まれて自殺に向かう子供」を描いたのは、自分の育った環境を肯定的に捉えているからなのでしょう。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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