「若者が若者を容赦なく描く」ということ

 『盗まれた欲情』についての記事で、映画監督の経歴というか、監督になるまでの修業の仕方が云々、ということを少し書きました。その続きです。前回とはやや違う観点から書きます。
 今村昌平監督のデビュー作『盗まれた欲情』(1958)と、西村昭五郎監督のデビュー作『競輪上人行状記』(1963)を同じ日に観て、どちらも新人離れしてるな~と感心させられたわけですが、それは単に作品の「完成度の高さ」の問題だけではありません。もうひとつ大事なのは、「主人公の突き放し方」。
 
 どちらの作品も「世事に疎い大学出のインテリ青年が、さまざまな経験を積んで大人になる」というような内容で、主人公の幼さや愚かさなどを容赦なく描いているのです。さらにここで注目したいのは、今村監督も西村監督も有名大学を卒業しているということ。つまり両監督はデビュー作において、自分と同じような立場の青年を、厳しく客観的に描いたわけです。
 若くして自分に似た存在を冷徹に見つめることができたのは、お2人がもともと成熟した観察力の持ち主だったからでしょう。しかしそのほかに、彼らが長い間助監督として働いたことも影響しているような気がします。

 最近読んだ『映画の呼吸 澤井信一郎の監督作法』(ワイズ出版)というインタビュー本の中で、澤井監督が若い頃のエピソードをたくさん語っていました。その中でも特に印象的なのは、助監督としての初仕事のくだり。
 なんと、いきなり当時の大御所俳優である片岡千恵蔵の主演作につく羽目になったそうです。その際、先輩から「失礼があって降ろされた助監督もいるから、気をつかうように。片岡さんではなく御大、もしくは先生と呼ぶように」と忠告され、身を固くして仕事に臨んだとか。
 
 この本に限らず、ご年配の監督のインタビュー記事などを読んでいると、助監督時代に「大物俳優の怖さに震えた」「ベテランの監督やスタッフに怒鳴られた」「時には理不尽な扱いも受けた」というような話をよく目にします。昔の助監督は、現場で年長者たちから厳しく指導されたり小僧扱いされたりしていたのですね。
 なかには単なるイジメもあったかもしれないし、一概に良いこととも言えないでしょう。しかしそのような経験を通して、若い助監督が「自らを厳しく客観的に見る目」を養っていったのではないでしょうか。今村監督や西村監督の場合は、さらにそれを作品にうまく結実させたのだと思います。

 ところで比較的最近の映画でも、若い監督が若い主人公を容赦なく描いている作品はあります。私が真っ先に思い浮かべるのは、山下敦弘監督の『ばかのハコ船』(2002)。
 若いカップルのダメっぷりを緩い感じで描いた、笑える映画です(こう書くと、未見の方には「ダメ人間をひたすら愛でている作品」のように思われるかもしれませんが、実際には、若いダメ人間を面白く描きつつも、かなり厳しく突き放している映画なのです)。
 
 ちなみに山下監督は、大学の映像学科出身。卒業制作の映画が注目されたのがキッカケで、プロの監督になったそうです。助監督を経ていないという点で、今村監督たちとは対照的な経歴ですよね。となると、経歴はそれほど関係なく、やはり個人の資質の問題が大きい‥とは思うのですが、ちょっと気になることもあります。
 
 山下監督が学んだ大阪芸術大学では、昔からベテランの映画人を教員として招いていて、しかもいわゆる「著名人の名前貸し」ではなく、彼らがかなり学生と接しているらしいのです。実際、山下監督も大学時代に中島貞夫監督の指導を受けていたそうで、プロになってからの作品にも、中島監督の名前が協力者としてクレジットされていたりします。かつての修業や師弟関係とは形が違いますが、こういう年長者との交流が、「自分や自分の世代を客観的に見る」という意識につながっているのかもしれません。
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サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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