『恋の腹痛、見ちゃイヤ! イヤ!』

2005年 著者:井口昇 プロデュース&まえがき:松尾スズキ

 井口監督の映画『恋する幼虫』について書く前に、まず彼のエッセイ集に触れておきたいと思います。その名も『恋の腹痛、見ちゃイヤ! イヤ!』。帯には「スカトロ萌え本」と書いてあります。はい、そういう内容の本なのです。
 この本の存在はずっと前から知っていたし、興味もあったのですが、ちゃんと読んだのはつい最近です。なぜそういうことになったかというと、発売されてすぐの頃に書店でパラパラめくってみたところ、予想以上に「うんこ」や「浣腸」という言葉がたくさん出てくるのでビビってしまったのです。井口氏がスカトロジストだということは当時から知っていたので、その種の記述が含まれていることは分かっていたのですが、実際に大量に目にすると、そういう趣味の無い私としては「ウッ」という感じで、あまり読む気になれませんでした。
 
 しかしその後、彼の新作映画を観たりブログを読んだりしているうちに、再びこの本のことが気になり始め、先日入手して今度は無事に読破しました。やはりちょっと「ウッ」な部分もありましたが、興味深い要素にも出会えたので集中して読むことができたのです。

 その興味深い要素とは、井口氏は普通のセックスがたいそう苦手なのだ、ということ。おそらくスカトロジストにもさまざまなタイプがあるのだと思いますが、彼の場合はとにかくセックスが苦手で怖いのだそうです。これに関して、印象的なエピソードや心理描写がいろいろ出てきます。
 
 例えば中学生の時。【友達の家で裏ビデオ鑑賞会などもやったのですが、興奮を隠し切れない仲間たちとは逆に、僕は吐きそうになるのを耐えている有様でした】。そんな彼は成人後スカトロAVの監督になったものの、やがて作品がユーザーに受けなくなり、普通のAVの仕事をするようになります。その撮影について。
 【撮影現場でセックスシーンになると、僕だけ暗い顔をしています。汗まみれの男優が正常位で「パンパンパーン!!」と腰を振る度にですね、心のペニスがどんどん縮んでいくのが分かるんですよ。‥‥(中略)‥‥たぶん偉そうに見えるんですよ、セックスしながら腰を「パンパンパン」鳴らしてる男達って。「俺は今、世界を手に入れている」みたいな傲慢さを「パンパン」している男の腰に感じて吐きそうになるんです。】(【】内は本からそのまま引用。)

 つまり井口氏は、多くの人にとってウハウハな状態を、ウハウハどころか気持ち悪く感じる‥というわけです。読んでいて私は、自分の食物アレルギーのことを連想しました。私は子供の頃から、エビやカニなどを少しでも食べると、唇やノドが腫れて吐き気がします(トロポミオシンという物質に対するアレルギー)。
 だから例えば、多くの人が大好きなオマール海老やタラバ蟹なども全く食べられないし、食べたいとも思いません。そもそも美食に対する欲望もあまり無いので、私にとってはこれが普通なのです。
 
 しかし(だからこそ?)よく人に驚かれたり気の毒がられたりして、実にいろんな事を言われます。今まで言われた中で特に印象的なのは、「人生の大きな楽しみを体験できないんだね」という言葉。他にも「人生、損してるよ」とか、とにかく「人としての重要な快楽や喜びを味わっていない!」というような発言が多いです(しかも冗談っぽい感じではなく、けっこう真面目な口調)。
 ほんの一部の食べ物が苦手なだけでこうなのですから、お酒が飲めない人や、そして井口氏のようにセックスが苦手な人は、この種のことを人からそうとう言われているんじゃないかと推測します。

 要するに、「人間にとっての快楽とは○○だ!」とか「人は皆○○の欲望を持っているはずだ!」とか決めつけている人が、世の中にはわりと多いんですよ。こういう状況は、私のような快楽マイノリティ(?)からすると、ちょっと息苦しいです。そしてだからこそ、「多くの人にとってウハウハな状態を気持ち悪く感じる人も居る」ということを理解している人には、好感と親近感を抱きます。映画でも、そういう人の作ったものの方が、自由で面白いと思います。
 この本を読んで、自分が井口氏の映画やブログが好きな理由が、さらによく分かりました。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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