『恋する幼虫』

2003年 日本 監督・脚本:井口昇 出演:荒川良々、新井亜樹、松尾スズキ、乾貴美子、村杉蝉之介、伊勢志摩、唯野未歩子、デモ田中

 先日、DVDで久しぶりに再見。
 
 マンガ家のフミオ(荒川良々)は、子供の頃のトラウマが原因で、女性とうまく付き合うことができません。その心理をマンガで表現しても、シュールすぎて読者に受けず、イライラが募るばかり。最近はもっぱら、気弱な編集者・ユキ(新井亜樹)に辛く当たっています。
 そんなある日、フミオは衝動的に彼女の顔を傷つけてしまいます。やがてその傷は奇怪な生命体となり、ユキは人の血を吸わなければ生きていけない特異体質に。罪の意識から彼女の奴隷と化すフミオと、復讐心から次々と要求を突きつけるユキ。悲惨な関係‥‥のはずなのに、2人の間には不思議な愛情が芽生えていきます。そして。

 前にこの作品を劇場で観たとき、フミオの元・同級生(村杉蝉之介)の部屋に、神代辰巳監督の映画『アフリカの光』のポスターが貼ってあるのが、妙に印象に残りました。ストーリーには関係ないので、「もしかして井口さんは神代さんのファンなのかな」と、ちょっと気になったのです。
 すると少し前に井口監督のブログで、この件について質問の書き込みをしている方が居ました。監督の答えは、「大ファンで作品はほとんど観ています」。その頃ちょうどリバイバル上映されていた『青春の蹉跌』も、1週間のうちに2回も観に行ったとのこと。
 
 イメージ的には、井口監督と神代監督はあまり結びつきません。井口作品にはたいていシュールでSFホラー的な要素が入っていて、それを表現するためにチープな特撮が使われていますが、神代作品は基本的にリアルな人間ドラマで、特撮モノの要素は全く無いですし。
 しかし、「井口監督は神代監督が好き」ということを頭の隅に置いたうえで『恋する幼虫』を観てみると、ナルホドと納得できる部分もあります。例えば終盤の、風呂場でフミオがユキに自分の血を吸わせようとするシーン。台詞はほとんど無く、2人の微妙なしぐさや表情の変化をじっくりと見せています。ちょっと長すぎるんじゃないかと思うくらいに、俳優の肉体による感情表現を延々と撮っていて、その意味でかなり神代チックなシーンです。

 そういえば『恋する幼虫』という作品自体、ビジュアル的には特殊メイクや造形物などの印象が鮮烈ですが、内容としては、人間の微妙な感情や心理を描いた映画です。例えば、フミオとユキの性格描写。
 フミオはあるトラウマのせいで、女性と深い仲になることができません。ユキも原因は不明ですが、他人に体を触られるのが苦手で、恋人(松尾スズキ)は居るものの肉体的な接触は殆どありません。2人ともコンプレックスを抱えているのです。そして見た目にも地味でオドオドした感じ。しかしこれまた2人とも、相手や状況によっては、非常に強気でサディスティックになるのです。
 
 まずフミオは自分の鬱屈を、気弱なユキに辛く当たることによって発散しています。しかも彼は元・同級生の女性(卯月妙子)から、「あんたは男子にイジメられるといつも女子に八つ当たりしてた!」とすごい剣幕で言われるので、おそらく学生時代からずっとそうだったのでしょう。自分より弱い者や、いじめやすい相手の前では、急に支配的になるのです。
 そしてユキは、最初フミオに対してひたすら怯えるだけだったのが、彼が自分に怪我をさせたとたん驚くほど豹変。高飛車な女王様のようにフミオを奴隷扱いします。自分が優位に立てる理由ができると急に支配者になる、というわけです。
 
 相手や状況によって自分が上に立てるとなると、ここぞとばかりに支配的になる。人間の、実にイヤ~な面ですよね。そして世の中には程度の差こそあれ、こういう面を持った人がけっこう居るのではないかと思います(私もその1人)。
 また井口監督の著書によると、彼自身がフミオやユキと似たコンプレックスを抱えているようなので、たぶん彼は、「僕の中にこういうイヤ~な面があるかも」という自己分析のもとに、この映画を作ったのでしょう。いずれにせよ、こういうシビアな人間観察をチープな特撮を使って表現できるところが、井口監督の独自性。
 
 さて、このようにある意味シビアな映画なので、観ていてやや辛くなるシーンもありますが、最終的にはさわやかなラストシーンが待っています。フミオとユキは、激しく傷つけ合いながらも絆を深めていって、素晴らしい結末を迎えるのです。ただ、ここで言う「さわやか」や「素晴らしい」は一般的な意味ではないので、ラストシーンを観て「ゲッ」とか「グエッ」とか思う方も居るでしょう。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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