『実録阿部定』

1975年 日本 監督:田中登 脚本:いどあきお 出演:宮下順子、江角英明

 いちばん最初の記事の末尾に「『実録阿部定』については、また別の機会に。」と書いてからしばらく日が経ったので、そろそろこの映画に触れようと思います。
 さて、いろんな評論家やマニアの方たちが「名作」「傑作」と絶賛してらっしゃる作品ですし、何よりも私自身、田中登監督の『人妻集団暴行致死事件』で非常に心揺さぶられた経験があるので、期待して観たのですが‥‥どうもグッと来ませんでした。
 
 昭和11年、定は妻帯者である吉蔵と関係を持ち、旅館で愛欲の日々を過ごすうちに彼を殺害、その男根を切り取る。言うまでもなく、かの有名な阿部定事件の映画化です。
 そしてこの映画は定と吉蔵の世界を、対象に寄り添ってシリアスに描いています。2人が芸者の前で過剰にイチャイチャするシーンだけは、バカップル風でちょっとコミカルでしたが、他はおしなべて厳粛な感じ。
 私はこの描き方に違和感を持ちました。というのも、この題材の場合、対象を突き放して滑稽味すら漂わせながら描くのが相応しいのでは? と思うからです。
 
 私にとって阿部定事件のイメージは、一般的によく言われる「愛」や「情念」といったものではありません。「人が何かに夢中になりすぎたときに現れる、滑稽さのようなもの」です(もちろんここでいう「滑稽」とは、単なる「面白おかしい」ではなく、哀愁や切実さを伴ったものです)。
 いずれにせよ、なんというか「不倫の関係→愛欲生活→男根を切り取る」という流れが、あまりにも直球すぎるような気がするんですよね。その直球具合の中に、彼女の愚かさや滑稽さが見え隠れしているというか。だから『実録阿部定』において、彼女をある種の崇高さや厳粛さをもって描いているところが、どうも私には共感できないのです。
 
 それとこの映画、定の逮捕のあたりで終わっているのが物足りないです。だって実在の定は出所したのち、事件を自ら再現する「阿部定劇」で全国を巡業したりしているんですよー。これって、事件そのものより更に凄いことだと思うのですが。しかも、その頃の定の心情など、描くに値する要素が多いし。
 大島渚監督の『愛のコリーダ』を観たときも思ったのですが、なぜ皆さん、定の凄絶な後半生にスポットを当てないのでしょうか。(大林宣彦監督の『SADA』は未見ですが、資料によると、やはり出所後の人生には殆ど触れていないようです。)
 
 私の個人的かつ勝手な希望として、今後また阿部定事件を映画化する場合は、井口昇監督にやっていただきたいです。井口監督は谷崎潤一郎の『卍』を映画化する際、ドロドロの愛憎模様をグッと突き放したタッチで表現していたので、その資質を活かして挑戦して欲しいのです。そしてもちろん、全国巡業のエピソードもじっくり描いていただければ、と。
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サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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