『台風クラブ』

1985年 日本 監督:相米慎二 脚本:加藤裕司 出演:三上祐一、工藤夕貴、紅林茂、松永敏行、大西結花、三浦友和、佐藤充、鶴見辰吾、尾美としのり、寺田農
 
 昔この映画を観た時は、作品全体の構造について特に考えたりしなかったのですが、先週久しぶりに観直してみて、やや独特な構造の映画だということに気付きました。どういう風に独特なのかというと、観客に対して普通なら詳しく説明するような部分をあまり説明せず、逆に普通ならあまり説明しないような部分を詳しく説明しているのです。

 まずこの映画には、全体を貫くような明確なストーリーはありません。内容を簡単にまとめてしまうと、「東京からそう遠くない地方都市の中学校を舞台に、台風が近づいてから去っていくまでの数日間の、生徒たちの不安定な姿を描いている」といったところでしょうか。
 
 中心になるのは、3人の生徒たち。優等生の恭一(三上祐一)、恭一と仲の良い理恵(工藤夕貴)、恭一と同じ野球部に所属する健(紅林茂)。彼らは皆それぞれ家庭の問題で悩んでいるように見えます。しかし具体的な事情は説明されません。
 例えば恭一は父親との間に確執があるらしいのですが、両親ともに画面には一切登場しないし、セリフによる詳しい説明もありません。理恵は母親に対して愛憎半ばするというか、屈折した気持ちを抱いているようですが、これまた両親は画面に登場せず、詳しい説明もありません。そして健も、親に対して複雑な思慕の念を持っているようなのですが、どうやらアルコールに依存しているらしい父親(寺田農)がチラッと姿を見せるだけで、それ以上の説明はありません。
 
 ところが、彼らの担任教師である梅宮(三浦友和)については、同棲中の恋人(小林かおり)やその親族たち(石井富子・佐藤充)までもが複数回登場し、個人的な事情が明らかにされます。 
 
 普通、映画やドラマなどで学校を舞台にして思春期の生徒たちを描く場合、どちらかというと生徒たちの悩みや事情を詳しく説明し、教師の個人的な事情にはあまり触れないものです(あるいは両方を同じくらい詳しく説明)。
 これはやはり、「何よりも生徒たちのことを観客に理解してほしい!」という作り手側の意図の表れでしょう。実際、そのような作品を観ると、劇中の生徒たちを「理解する」ことができます。
 
 しかしこの『台風クラブ』では、生徒たちの悩みや事情をあまり説明せず、教師の個人的な事情を詳しく明かしているわけです。さらにその上で、生徒たちの不安定な言動や、時には狂気じみた姿をも描いています。
 だから観客は、生徒たちを「理解する」ことはできません。「理解する」のではなく、漠然と、しかし強烈に「感じる」ことになるのです。理解できないからこそ途方もない奇妙な迫力を感じる、とも言えるでしょう。そして教師については、理解が可能なだけに、途方もない何かを感じることはありません。

 この映画を観ると、「大人と違って思春期の子供たちは、恐らく本人にも理解できない何かに振り回されて苦しんでいるのだ」という印象を強く受けます。その印象はひとつには、上に述べた独特の構造によるものなのでしょう。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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