『イースタン・プロミス』

2007年 イギリス、カナダ 監督:デヴィッド・クローネンバーグ 脚本:スティーヴ・ナイト 出演:ヴィゴ・モーテンセン、ナオミ・ワッツ、ヴァンサン・カッセル、アーミン・ミューラー=スタール、シニード・キューザック、イエジー・スコリモフスキー
上映中  公式サイト→http://www.easternpromise.jp/

 10日ほど前に、日比谷のシャンテ シネにて鑑賞。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(2005)と同じく、クローネンバーグとヴィゴ・モーテンセンのコンビ作。タイトルになっている「イースタン・プロミス」は既存の言葉で、「イギリスにおける東欧組織による人身売買契約」という意味だそうです。
 かつてのような、見るからに異様な作風ではなくなったものの、クローネンバーグの不吉さは健在。「不吉」が「健在」とはおかしな表現かもしれませんが、彼に対してはそう書きたくなります。

 ロンドンの病院で、身元不明のロシア人少女が出産直後に死亡。手術に立ち会った助産師のアンナ(ナオミ・ワッツ)は少女の身元を割り出そうとするうちに、背後にあるロシアン・マフィアの世界に足を踏み入れてしまいます。
 組織のボスである非道なセミオン(アーミン・ミューラー=スタール)、彼の粗暴な息子キリル(ヴァンサン・カッセル)、そしてキリルのもとで働くクールなニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)。彼らと出会ってしまったアンナは、危険な状況の中、なぜか自分を助けてくれるニコライの存在が気になり始めます。そして。

※以下の文章では、『イースタン・プロミス』と『ヒストリー・オブ・バイオレンス』のラストに触れています。ネタばれOKの方だけお読みください。

 映画の終盤近くになってくると、実はニコライは○○だった‥‥と明かされます。そしてラストは、表面的には一件落着のようにも見えます。「完全に一件落着だ」と解釈する人も居るかもしれません。人それぞれだと思います。ただ私としては、実に不吉な余韻を感じました。
 
 ニコライは終盤で本来の立場に相応しい行動も取りますが、では彼が元の世界に戻るのかというと、そうではないような気がするのです。今後さらに闇社会にどっぷり浸かって、深みにはまっていきそうな予感がします。
 急いで付け加えておくと、その予感の確実な根拠となる描写はありません。しかし逆に、その予感を確実に打ち消すような描写も無いのです。それに、ニコライはあまりにもマフィアの世界に馴染みすぎているし、本来の立場から逸脱した行動にも出ていますから。

 さらに私が気になるのは、ラストあたりの画面の空気。とても暗く澱んでいます。また何か起こりそうな不吉さが漂っている、というか。
 『ヒストリー・オブ・バイオレンス』を観た時も、ラストで同様の雰囲気を感じました。主人公は家族のところへ帰ってきたけれど、また闇社会へ行ってしまうのではないかという不吉な予感。勝手な推測ですが、クローネンバーグは根本的にそういう人生観・人間観を持っていて、それが映像に滲み出ているのではないかと。
 
 またこの不吉さには、両作の主演俳優であるヴィゴ・モーテンセンの持ち味も影響しているでしょう。彼はなんというかヌメッとしていて、爽やかさや明るさとは縁遠い風貌。それと、かなり撫で肩で、体がさほど大きくない。だから一見怖そうでありながら、同時に淡さや儚さも感じさせます。
 顔立ちもある意味、儚い。目がわりと小さいし、奥に引っ込んでいるし。今回、目鼻が大きくて派手な顔立ちのヴァンサン・カッセルと一緒に映っているシーンが多いので、なおさら淡く儚い顔に見えます。この人は実に、何処かへフッと消えてしまいそうな雰囲気。私の個人的な印象なのかもしれませんが。

 ところでこの映画、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』に続き、暴力描写がズシンと来ます。殴ったり、蹴ったり、刃物で切りつけたりする描写が秀逸。痛そう。
 これは視覚的な表現が巧いだけでなく、音がイイということもあると思います。体と体が強くぶつかる音、骨が折れる音、筋肉や血管が裂ける音。これらの音を、かなり凝って作っているような気がします。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
twitter.com/saiboku_ya

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