『四畳半革命 白夜に死す』

2008年 日本 監督:世志男 脚本:小松公典 出演:三元雅芸、結木彩加、山田慶子、藤内正光、里見瑶子、春田純一
※都内での上映は一旦終了しましたが、今後各地での上映など色々な展開があるようです。
公式サイト→http://yojyohan.com/index.html

 2週間ほど前に、池ノ上のシネマボカンにて鑑賞。最近このブログでよく言及している小松公典氏が、原案・脚本を担当した映画。主に舞台の演出や俳優業で活躍していた世志男氏が映画監督として小松氏と組み、自分たちの作りたいものを作るべく自主映画的に撮った作品、のようです(詳しい資料が無いので曖昧な記述になっています、ご了承ください)。
 
 今まで私が観た小松氏の作品は全てピンク映画、つまり会社側からさまざまな指示・指定を受けたうえで作られたもの。だから今回、そういう制約が無い環境で彼がどんなものを書いたのか、興味をひかれて観に行きました。
 また、作品の題材が「70年代初頭の学生運動」であることも、鑑賞動機のひとつだったかもしれません。というのも私自身、諸事情により70年頃の学生運動について詳しく調べた経験があり、この題材には多少の馴染みがあるからです。
 
 しかし実際に作品を観てみると、鑑賞前に考えていたこととは、やや別の問題が気になり始めました。上映後の会場で小松氏とお話しする機会に恵まれ、ご本人にはチラッと申し上げたのですが、それを改めて具体的に考察し、ここに記しておきます。

 観てまず感じたのは、70分という短い上映時間に色々な要素を盛り込みすぎているのではないか、ということ。私なりに捉えたこの映画の主な要素は、以下の4つです。

1‥‥主人公・直也(三元雅芸)の暴力性。彼は学生運動のリーダー・陽介(藤内正光)のもと、ひたすら暴力で反対勢力を潰していくが、実は彼には、周囲の人々に暴力をふるわれながら育ったという過去があった。本当は誰よりも暴力に対する恐怖心が強い。

2‥‥陽介のもとで活動し、彼と肉体関係を持つようになる香(山田慶子)の暴力性。彼女は最初、暴力に対して非常に批判的だったが、しだいに自身が暴力的になり、それがどんどんエスカレートしていく。

3‥‥直也の、社会に対する認識の変化。ある意味世間知らずで、確たる思想も信念も無いまま暴力だけに身を任せていた彼が、足の不自由な娼婦・アッコ(結木彩加)と出会い、今まで知らなかった世界を知る。孤児で学校に行ったこともなく、バーの2階にある四畳半の部屋で、ずっと体を売って暮らしているアッコ。直也は彼女の親代わりであるバーのママ(里見瑶子)を責めるが、「私は実の親から同じことをさせられていた、でも親を恨んではいない」と言われ、絶句する。そのようにしか生きられない人たちが居るという現実に、初めてぶち当たる直也。

4‥‥直也とアッコの恋。2人は互いに惹かれあい、四畳半の部屋で肌を重ねるようになるが、アッコには忘れられない男がいた。かつて彼女の客だった水夫(春田純一)。傍から見れば、彼に騙され貢がされたあげく捨てられたはずなのに、アッコは彼を信じ、待ち続けていた。

 上記の要素はどれも、じっくり描く価値があり深く掘り下げることが可能だと、私は思います。だからこそ、これら全てが70分間で駆け足気味に描かれているのが、惜しい。もったいない。
 また、要素というかテーマが多すぎて、やや軸が定まっていない印象も受けます。そこで、私の勝手な提案(妄想?)。
 
 例えば、だけで「人間の暴力性」をテーマにした長編映画が1本作れるのではないでしょうか。その場合、題材は必ずしも学生運動でなくてもいいような気がします。また、だけで「闘士と娼婦の恋」を描いた映画ができそうです。この場合は「主人公が学生運動をやっている」という設定が重要になってくるでしょう。

 あるいはだけで、60分くらいの映画が作れるかもしれません。に関しては、さらに掘り下げてほしい点を具体的に指摘させていただきます。それは、直也の水夫に対する嫉妬心や、悶々とした気持ち。これらがあまり描かれていないのが、観ていてちょっと物足りなかったのです。
 
 例えば、アッコの大阪弁について。彼女が常に大阪弁で喋るのは水夫の影響だということを、直也は途中で知るわけですが、知ったとき直也の心には、きわめて複雑な思いが生じるはず。つまり、最初は彼女の喋り方をひたすら「可愛い」と感じていたのに、それが男の影響だと知ったとたん「可愛いけど(可愛いからこそ)辛い」に変化する、というような。
 また「男の影響」ということでいえば、性的な問題をもう少し描くのもアリなのではないかと。アッコは職業柄もちろん性的技巧に長けていて、彼女に出会うまで童貞だった直也をリードしてくれるわけですが、直也としては、そこにも男の影を感じてしまうのではないでしょうか。彼女が何かしてくれるたびに、いちいち「その男に仕込まれたのかも‥」と気にしてしまい、快感と寂寥感が同時に込み上げてくる、というような。
 
 『四畳半革命~』では、概して直也のこういう悶々ぶりがあまり描かれていないので、彼が妙に物分かりのいい青年に見えてしまい、いまひとつノレなかったのです。若くて熱いということは、それだけ悶々も多いはずで、そういう悶々を経て最後にある地点へ到達する、というのを私は観たいです。

 何だか今回は、ひと様の作品を分解していじくり回すような真似をしてしまいましたが、決して悪意によるものではございません! いろんな風に広がる(深まる)可能性を持った映画だと思うので、ついアレコレ書いてしまいました。失礼いたしました。
プロフィール

サイボク

Author:サイボク
60年代後半生まれの♀。
東京在住。
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